ベストカップル




 「〜!」
親友のが甘えた声でに呼びかける。
こういう言い方をする時、に何事か必ず頼み事をしてくる。
と言っても、が断ることはまずないのだが…。
 「なあに、?」
 「ちょっとこのアンケートに記入してもらえるかな?」
はレポート用紙をの机の上に置いた。
はそれを受け取ると、ちょっと困ったような顔つきになった。


    生年月日
    趣味
    好きな学科・嫌いな学科
    好きな食べ物・嫌いな食べ物
    好きな人のタイプ
    ……etc



 「これ、な・に・か・な?」
は苦笑しながら親友を見る。
 「ほら、この前、生徒会でミス青学投票やったでしょ?
  このたび、めでたくがミス青学に選ばれました!
  …ということで、次の生徒会新聞に載せるやつ。」
は胸を張って答えた。
は生徒会副会長を務めていたが、手塚が不在の今、手塚なら絶対了承しないであろう企画ものを
次々とやってのけていた。
まあ、手塚がいても押し切ることにかけては手塚でさえも敵わぬ相手ではあったが。

 「ミス青学なら、絶対のほうがぴったりだと思うけど。」
 「残念でした。生徒会関係者は除くってことにしたんだから!」
は笑って答えた。
 「でもさ、こんなにいろいろ載せる事はないでしょう?」
はやっぱり乗り気ではなかった。

が大輪の薔薇であるなら、は可憐な鈴蘭のような感じだった。
ちょっと見にはその存在は薔薇に隠れてわからないのだが、
漂う香りが知らず知らず回りの人間を魅了してるような不思議な魅力があった。

 「まあね。次の生徒会新聞が出たら、も時の人かもね。」
は親友の迷惑などこれっぽっちも心配してないらしい。
 「告白される回数は間違いなく増えるわね!」
 「ったら、人のことだと思って楽しんでるでしょう?
  私、呼び出し受けるたび断るの、すごーく疲れちゃうんだから。」
は憂鬱そうに呟いた。
 「じゃあさ。好きな人ってところは誰かの名前を書いちゃえば?
  もう売約済みですってことにすれば悩まなくてもすむわよ。」
 「また適当なこと言ってる!
  そんなの、誰でもいいってわけにはいかないじゃない…。」
はため息をつくと、問題の空欄を見つめた。

好きな人がいないわけじゃない。
でもそれを書くのはかなり大胆なことで…。

は悶々と悩み続けた。
そしてしばらく考えた後、はある人の名前を書き込もうと思い立った。







 「ふーじー!!」
は青学のテニスコートの入り口で不二を呼んだ。
 「何?さん。」
不二はラケットを持ったまま、同じクラスのの元に歩み寄った。
 「ちょっとさぁ、頼みがあるんだけど。」
は1枚のレポート用紙を差し出した。
 「この間の生徒会主催の投票で、不二周助がミスター青学に選ばれたんだけど。
  その原稿依頼ってやつ、頼まれてくれないかな?」
 「へぇ〜、手塚じゃなくて僕なんだ。」
不二はクスクスと笑っている。
 「あ、今回生徒会関係ははずしたから。」
は情け容赦なくあっさり答えた。
 「でさ、明日までに書いてくれるかな?」
 「うーん、いいけど。
  これって明らかに生徒会の人気取りみたいな企画だよねぇ。」
不二は笑っているがなんとなくその言い方に棘がある、とは思った。
 (ま、いつものことだけど。)

 「まあ、いいじゃない。
  ほとんどの女子はこの記事を楽しみにしてるんだから。
  騒がれるのは慣れっこでしょう?」
もつい憎まれ口をたたいてみせる。

 「ねえ、ミス青学は誰なの?」
不二がさらりと聞く。
 「気になる?」
はいたずらっぽく聞いた。

親友のが不二のことをなんとなく好きだろうなあというのはわかっていた。
だけど、誰に対しても優しい笑みを向けるこの男が、誰か一人にその関心を向けるということが
あるのかどうか、にもそれはわからなかった。
と仲のいい菊丸に聞いても、付き合ってる子はいない、という事位しかわからなかったし。
ここはひとつだめもとで餌をまいてみるか、という思いがに沸き起こった。
その餌に果たして策士不二が食らいつくかどうか…。

 「だけど。」
はそう言うと、不二の表情に変化があるかどうか見つめた。
 「そうなんだ。」
しかし、不二の表情は変わらなかった…。

 「ねえ、さんもこれを書いたの?」
 「ええ、今さっきね。」
が、が書き込んだもう1枚のレポート用紙を不二の前でひらつかせると、
明らかに不二の眼は輝いて見えた。
 「それ、参考までに僕に見せてくれない?」
物腰は柔らかいくせに、拒否を許さないような口調には苦笑した。
不二はニコニコしながらの一問一答を読んでいたが、ある所でふっと笑うのをやめた。


    好きな人のタイプは?
       ―大和 祐大―

の文字はそこだけ控えめに小さく書かれていた。
それは不二が青学テニス部に入部した頃部長だった、大和先輩の名前だった。
今はたしか大学部の2年生…。



その不二の表情の変化には思わずほくそえんだ。
 (不二でも平静でいられない事があるのね。)

 「ねえ、不二。
  クラスメートのよしみで聞きたいことがあるんだけど。」
は思いつくとすぐ行動に出るタイプだった。
その結果がどうであれ、の中に芽生えた好奇心はもはや留まる事はなかった。
 「不二って好きな人いるの?」
不二はの突然の質問にも臆することなく答えた。
 「いるよ。」
 「じゃあさ、告白する気はないんだ?」
 「さあ、どうかな。」

不二は明らかに動揺している、とは思った。
そしてそれはが書いた名前に、だ。
いつも優位に立っている不二をこんな形で追い詰めることができる快感には満足だった。
 
 「不二の出方次第で、私、手持ちの好カードを見せてあげてもいいんだけど?」
は不二の言葉を待った。
 「それ、どういう意味?」
不二はを鋭く見つめた。
は背筋が凍る思いだった。
 (こいつを敵に回すとやはり危険かも…。)
不二の突き刺さるような瞳を感じながら、は少し後悔し始めていた。

 「だからね、私がの親友だって事よ!」
は不二の手からのアンケート用紙を取り上げた。
 「この名前をがどうして書いたのか、
  私ならわかる、って言ってるの!!」

 「聞きたくないんだったらいいの。
  別に不二にとってはどうってことじゃないんだろうしね。」
は半分やけになっていた。
 (もしこの賭けに負けたら、はどう思うだろう?
      多分この事は一生には言えないかもしれない…。)




 「まいったな。」
不二はとうとう苦笑しながら言った。
 「自分でもが書いたこの文字が、こんなに僕を動揺させるなんて思ってもみなかったよ。」
不二はいつもの穏やかな顔になっていた。
 「で?の好カードって何?」

 「はね、確かに1年のとき大和先輩に憧れていたけど、
  今はね、不二の事が好きだと思うよ。
  この記事が載るとにコクる奴が増えると思うんだ。
  でね、高等部にいない先輩の名前を書いておけば魔除けになると思っったわけ。」
は一気にしゃべった。

 「それで、不二の手札も見せてくれるんでしょうね?」
は親友のために一肌脱いだつもりだった。
 
 「ねえ、僕、ちょっといいこと思いついたんだけど…。」
そう言って笑う不二はすごく楽しそうだった。







翌日。
が登校すると昇降口のロビーは人だかりができていた。
恐らく生徒会新聞が張り出されているのだろうと思うと、は憂鬱だった。
は誰にも気づかれないようにロビーとは反対のほうへ歩くと、
普段生徒が使う階段とは別の階段を昇った。
せめて教室まで誰とも顔を合わすことがないように…。

3階の踊り場にも生徒会新聞は張り出されていた。
は見るつもりもなく自分の書かれた記事に眼をやると、
そこに書かれた文字に釘付けになった。


  好きな人   ―不二 周助―


は全身から血の気が引く思いだった。
確かに昨日のアンケートには大和先輩の名前を書き込んだはずだった。
それなのに、この新聞には自分の片思いの人の名前がはっきりと書かれている。
はパニックになりそうな頭で必死に考えた。
親友のの意思に反して書き換えるなんてことはあり得ない。
となれば、頭では大和先輩の名前を書こうと思いつつ、自分は不二の名前を書いてしまったのか?

は恥ずかしさと納得のいかないこの事態に押しつぶされそうになりながら、
とにもかくにもにただすしかない、と思い、3年6組の教室に走った。

 「、どうしよう?
  私、間違えて不二君の名前書いてた?」
は半分泣きそうになりながら駆け込んだ教室でに訴えた。
は親友の見る影もない姿に同情しながらも、優しく微笑んだ。
 「、あれを書いたのは私じゃないからね。」

はびっくりして親友の顔を見つめた。

 「が悪いんだからね。」
の隣で机に持たれかけてる不二が声をかけた。
は耳まで赤くなりながら不二を見つめた。
そんな様子に満足そうに笑いながら不二は新聞を広げた。
 「生徒会新聞、ちゃんと見てないでしょう?」


不二が差し出した新聞のタイトルは『青学のベストカップル』。
そして指し示された不二の記事にははっきりと書かれていた。

   好きな人   ― 

 「え?これって…?」
 「うん、だからね、僕たちはもうすでに公認のベストカップルっていうことだよ。」
不二のこの上ない微笑を見つめながら、が事態を飲み込むのはなかなか容易なことではなかった。

ただただ、この策士にまんまとやられたと思っているは、
赤くなったまま呆然と佇む親友を抱きしめると、こう呟かずにはいられなかった…。


 「、あんた、大変な人を好きになっちゃったんだよ。」







         the end



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☆あとがき☆
   これってやばいですか?
   やっぱり不二君って大変な奴です。(苦笑)
   でもね、いじめられてみたい…。(おいおい)

   ちょっと長くなっちゃいましたが
   私的にはこれでも黒不二。
   なかなか思うように書けなくてこのレベルか、
   っていうお叱りの声が聞こえそうですが、
   基本的に不二に甘い管理人なのでご容赦を!(笑)