特等席








夏の大会を制した氷帝学園テニス部のレギュラーが
全国選抜チームの強化合宿に招聘された、というニュースは
瞬く間に学園中を落胆のるつぼへと陥れた。

強化合宿が始まるのは10月4日。

そして今日は10月3日、しかもすでに放課後・・・なのだ。

誰もが明日を夢見ていたのだから
女子の驚愕は一応に同じものだった。

そんな重大な情報が今日まで全く漏れなかった事に
はある意味感心していた。

そう、この目の前にいる跡部が
生徒会役員である自分にもその話をしなかった事に
憤りを感じるものの、普段の自分たちの関係を思えば
文句など到底言えるものではない。

それに生徒会室にはと跡部だけではなかったから
とてもじゃないけど生徒会がらみの話以外は
できそうにもなかった。



 「ねえ、景ちゃん。」

は席をはずした方がいいのだろうかと
しばしシャーペンの手を止める。

鈴を転がしたような声とはさんのような声を言うのだろう。

舌足らずな甘いイントネーションは彼女だからこそ許される。

 「本当にいいの?」

 「だから人前でその呼び方は止めろって言ってんだろうが。」

跡部は呆れたようにため息つくも
まるで突き放すような言い方ではない。

さんは跡部とは幼馴染らしいが
親同士がかなり古くからの付き合いらしく
幼稚舎からの付き合いならだって同等のはずだが、
さんはある種特別な存在だった。

だからこうして役員でもないのに生徒会室に来る事も珍しくはなかったし
跡部と肩を並べて登下校する姿を目にするのもさして珍しい事ではなかった。

 「だって今はさんしかいないし。」

わぁ、こんな所で私の名前を出さなくったって、
は心の中で焦った。

でも聞こえない振りをして書類から目を離さないように意識した。

さんとは同じクラスになった事はなかったし
視線が合えば挨拶ぐらいはするけど
だからと言ってこんな風に同じ部屋にいても
二人の会話に加わろうなんて思った事もない。

まあ多分自分は生徒会室の一部位にしか思われていないのだろうけど
居たたまれなさはどうしたって感じてしまう。

 「・・・ったく、いいも悪いも仕方ねーだろ。」

 「よかったぁ。やっぱり景ちゃんは優しいね。」

さんは安堵の声を洩らすと
何やらごそごそと紙バックの中からさらに小さな袋を取り出した。

ピンクの可愛らしい袋をちらりと目の端に認めると
はやっぱり、と心の中でため息を洩らす。

選抜合宿にどの位行ってるのか全然分からないけど
跡部の誕生日当日、彼がいない事だけは明白だった。

だからさんはきっと今のうちにと跡部にそれを渡したかったのだろう。

跡部がどんな顔をしてそれを受け取るかなんて見たくはなかったけど
まさか自分がいる生徒会室でその場面に遭遇するとは思っても見なかった。

そんな事ならここへ来るのを遅らせたのに。

 「じゃあ、合宿、頑張ってね。」

 「ああ。」

跡部が素っ気無いのは私のせいなんだろうか?

さんがドアの方へ向かった気配でやっと顔を上げる。

ところが迂闊だったけど、ぼうっとさんの後姿を見送っていたら
一旦閉めそうになったドアからさんが再度部屋の中を覗くから
ばっちり目が合ってしまった。

気まずい事この上ない。

 「さん、邪魔してごめんなさいね。」

ニッコリ笑うさんのその可愛さに不意打ちを食らわされ、
今のはどういう意味なのだろうと視線を泳がせたら
今度は跡部と視線が合ってびっくりした。

 「な、何?」

 「いや。」

邪魔だったのは明らかに自分の方なのに
あれはさんの皮肉だったのだろうかと思い悩む。

でもまさかそんな事を跡部に聞く訳にも行かないし、
それより黙って見つめられてしまうとどうしていいか分からない。

 「よ、良かったね?」

引き攣った笑顔のまま取り合えずそんな言葉が口をついた。

 「何がだ?」

深く考えもせず発した言葉だったから
跡部の返答にこっちがまごついてしまう。

聞いてもいいのだろうか?

 「いや、何って言われても。」

見なければいいものをつい跡部の机の上のさっきの包みに視線が行ってしまう。

 「これの事か?」

それに気付いた跡部は静かにため息を付いた。

 「お前、何か勘違いしてるな?」

 「えっ?プレゼントじゃないの?」

 「いや、プレゼントだ。」

そう断言されてしまうとやはりショックだった。

分かっていればだって跡部に誕生日プレゼントを持って来ていたのに。

と言ってもたかだか生徒会役員としての自分と跡部の繋がりを思えば
たいしたプレゼントでもないのだが。

 「あ、跡部は帰らなくていいの?
  明日から合宿なんだよね?
  後の事は引き受けるからもし早く帰りたいなら・・・。」

そこまで口に出したら跡部がいきなりノートパソコンを閉じるから
余計な詮索だったかなと身が縮こまる思いだった。

 「ああ? 何言ってんだ?」

 「いや、だから、ほら、さんと・・・。」

 「あいつは結構あれで忙しいんだよ。」

 「えっ?」

 「習い事とか何とか、いろいろな。
  だからこれも頼まれたに過ぎねぇんだよ。」

跡部がさんの置き土産をそっと鞄に入れる様を
は瞬きもせずじっと見つめてしまった。

跡部へのプレゼントじゃなかったのか、と思うと妙にホッとするくせに
でも選抜合宿の事は誰よりも真っ先に知っていて
尚且つ跡部にささいな事でも頼めるさんが羨ましいと思う。

 「お前、変な顔。」

 「ひ、酷い!」

 「そんなに合宿の日程を知らなかったのがショックだったのか?」

不意に核心を付かれての目は大きく見開かれた。

真っ直ぐに見つめてくる跡部の目はとても優しい眼差しで
何だかもの凄く恥ずかしい。

だから思わず頬に両手を添えた。

 「悪いと思ってる。」

 「えっ?」

今度は優しい声に二の句が告げない。

 「誕生日前に合宿の事が漏れたらもっと大騒ぎになるだろ?
  だから誰にも言ってねぇ。」

それなら何でさんは?と
そんな風に目で問いかけてしまったらしい。

つくづくは感情を抑えるのが下手だ。

跡部がふっと笑うのが分かった。

 「あいつも必死だったんだろ?
  ありとあらゆる手を使ったんだろうが
  結局は時間がないせいで本人に渡せずじまいだ。」

 「何の事?」

 「はずっと忍足に片思いしてんだぜ。
  お前も知らなかっただろ?
  合宿のせいであいつらもチャンスが不意になっちまったからな。」

さんが忍足に片思いしてるなんて全然知らなかった。

さんの顔を思い浮かべていた。

自分の思いを成就するべく幼馴染を頼った彼女。

何だかちょっと親近感が湧いた。

恋する女の子はみんな頑張ってるんだ。

それに比べて自分は・・・。

 「私も、私にも教えてくれればよかったのに。」

そうすれば何かが変わった?

切羽詰ってプレゼントを渡せた?

分からないけど、それでもきっと後悔はしないと思う。

 「何でそこで終わらせちまうんだ?」

 「だって。」

 「まだ何も終わってねーだろ?」

跡部は鞄を持って立ち上がると夕焼け空の光が差し込む窓際に立った。

そこからいつだって緑のコートが見える。

跡部とそしても好きな窓からの風景。

跡部の背中がに向かって催促している。

 「ね、跡部。」

顔を見ながらなんて絶対無理だと思う。

そんな跡部の気遣いがたまらなく好きだ。

 「何だ?」

あ、でも跡部も恥ずかしかったりするのかも。

 「跡部の誕生日は明日だけど
  今からお祝いしてもいい?」

 「ああ、だけに特別に許可してやるよ。
  その代わり明日から俺のいない分、キリキリ働けよ?」

 「うわ、それは大変かも。
  分からないとこあったら聞いてもいい?」

 「いつもの事だろ?
  それにそのためにケー番教えてあるんだろうが?」

 「そうだけど、迷惑じゃない?」

 「ああ。」

はばたばたと机の上を片付けだした。

とてもとても嬉しい気分で顔がにやけてくる。

鞄を持った所で跡部が振り返った。

 「で、何をしてくれるんだ?」

 「そんな期待されても、ケーキを食べるくらいかな。」

 「それで充分じゃねーか?」

 「じゃあ、誕生日の・・・。」

 「歌は歌わなくていい。」

何となくその言い方が可笑しくて笑ったら
頭をクシャリと撫でられた。


 「俺の横はお前のための特等席だ。」

 「跡部・・・。」

 「全く、そんな顔されたら押さえ切れなくなるだろうが。」

 「えっ?」

 「何でもない。
  合宿が終わったらちゃんと言ってやる。」


合宿が終わったら改めてプレゼントを渡そうとは思った。

そしてさんの片思いも実るといいな、なんてそっと思いながら
跡部と一緒に生徒会室を出た。











The end



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☆あとがき☆
 跡部、誕生日おめでとう。
庭球城での跡部はもう滅茶苦茶かっこ良かったです。
また跡部信者が増えたんじゃないかなぁ。
2011.10.4.