この無機質なのに ご大層な金文字のカードはどうだろう?

これでもかっていう程 今の跡部らしくて笑える

笑える自分は、でもすごく泣きたい気分だった







         Invitation Card









 「どないしたん?」


屋上へと続く階段の最上段に腰掛けて
取り出したカードをぼんやり眺めていたら
いつの間にかクラスメートの忍足が隣に腰掛けてきた。

どうせ皆知ってることだからと隠しもしなかったけど
こんなカードを一人でしげしげと眺めていたなんて
間違っても誤解されたくはなくて、何でもないとうそぶいた。


 「今年は迷ってるんか?」

クツクツ笑う忍足が何でそんな事を言うのかわからないけど
迷ってる風に見えるなんて全くもって心外だ。


 「全然!!
  趣味悪いなって眺めてただけ。」

 「ほんまかいな?」

 「毎年の事ながら、年々派手になってくな、って。
  こんな奴の誕生日に出席したがる子の気が知れない。
  誰かに売りつけてやろうかしら。」

 「おいおい、そんなんしたら跡部、凹むで?」

 「へぇ〜、凹んだ顔なら見てみたいわ。」


は素っ気無く返事をすると忍足にそのカードを押し付けた。


 「なんやねん?」

 「いらないから忍足君にあげる。」

 「あんなぁ、俺がもらってどないするん。
  ってか、俺らは無条件で招待されとるんやけど。」

 「テニス部は仲のよろしいことで。
  じゃ、跡部君に突っ返しておいてよ。
  どうせ出る気はないんだから…。」


は立ち上がりざまスカートの後ろをパタパタとはたくと
次は数学だっけ、と呟きながらさっさと階段を下りて行ってしまった。

忍足はやれやれと深いため息を吐きながらも
まあ、ええか、とカードを弄ぶ。

 「難儀な姫さんやな。」











        ********








跡部とは氷帝幼稚舎の頃からの腐れ縁だ。

初めて跡部の誕生会に呼ばれたのは
年中組になって同じクラスになってからだったと思う。

あまり記憶がないのはその頃の跡部の誕生会が
今のように派手ではなかったからじゃないかとは思う。

呼ばれたのはわずかに数人で
招待状も跡部のクレヨン書きのほんとにかわいらしいものだった。

跡部邸はものすごく大きかったが
送迎付だったから門から玄関までさほど遠くは感じなかったし、
通された部屋は普通の子ども部屋と同じようなものだったし、
料理だってサンドイッチとか、から揚げとかケーキとか、
他の友達の誕生会とさして変わらないものだった。

普通ににぎやかに食事して、ゲームして
跡部も今よりずっと笑っていて
確かきれいな跡部のお母さんに、ずっと仲良くしてあげてね、
なんて普通に声をかけられていたような気がする。

ただ、帰りにもらったお土産はたいそう豪華なものだったらしく
両親がさすが跡部家は違うと感心していたのが
子供心にもそうなのかな、と思う程度だった。




 「いつから変わっちゃったんだろう・・・。」


心の中で呟いたつもりだったのに
言葉は唇から漏れていたようで、
いつもなら人の言葉なんて気にもしないであろうジローが繰り返してきた。


 「何が変わったって?」

 「えっ?」

 「ちゃんってさ、最近ぼうっとしてること多くない?」


校庭の枯れ葉集めは遅々としてはかどらないと言うのに、
普段真面目なちゃんの手が止まっていては掃除時間中に終わらないね、
とジローはのんびりと笑っていた。


そう言えば、幼稚舎の頃からずっと跡部と仲が良かったのはジローだった、
などど思い当たるとジローの視線とがっちりと合わさった。


 「なんかさ、最近跡部も変だよね?」


ジローの言動って脈略ないから困るんだけど、
ジローだけはなんだか小さい頃のままのような気がして
これが同じ事を忍足あたりが言ってきたら突っ返すところも
ジローにはそれが出来ない。


 「跡部君が?」

 「うん。イライラしたり落ち着かなかったり。」

 「なんかさ、誕生日のあたりっていっつもそうだよね。」


そう言うとジローはのろのろと箒を動かし始めた。

ジローの箒が枯葉を掻き集めるたびに
カサカサという乾いた葉ずれの音が校舎に響く。

憂鬱な気分にこっちが先に滅入ってると言うのに
跡部の心配などする気もないが
さりとて自分にも非がないとは言えない。

明らかにここ数年来、跡部とは10月を迎えると
お互いに口を利かなくなる。

ジローには気づかれているのかもしれない。


 「ジロー君は誕生会、行くの?」

 「行くよ〜。」

 「なんで?友達だから?」

 「そうだよ〜。俺、跡部の一番古い友達だC〜。
  俺が行かなかったら跡部、寂しがると思う。」


びっくりしたようなの顔をジローの方が不思議そうに見ている。


 「跡部君の誕生日って…楽しくなくなったって、
  ジロー君は思わないの?」

 「あ〜、そうだねぇ〜。」


がおずおずとジローに素直な気持ちを言ってみたら
ジローはにこりと笑ってくれた。


 「中等部からだよね、なんだか知らないおじさんが一杯増えてきてさ。
  跡部もおやじさんの隣で挨拶ばっかりやってたよね。」

 「そうだよ。
  あんな大人な誕生会なら呼んでくれなくていいのに…。」

 「そっか、ちゃんも寂しかったんだ?」

 「いやいやちょっと違うから、ジロー君。」

 「去年なんかさ、ちゃん、いつの間にか帰っちゃってさ、
  跡部の奴、すんげぇがっかりしてたんだよ。
  跡部も寂しいって顔してたもん。」


本当にそうなんだろうか?

そう思うなら今や跡取りの御曹司の誕生パーティーと化してる催しに
義理でも幼馴染を呼ばないで欲しいと思う。

どこぞの政治家の娘やら大企業の孫娘やら
これを機会に未来の花嫁候補たちを集めての合コンとなってる誕生会。

自分と跡部の立場があまりにも違いすぎることを
1年に一度の誕生会で毎年確認させられてるようで
にはそれが耐えられなかった。

なのに、なんで性懲りもなくカードを送ってくるのよ…。








 「あなたのお父様は何をなさってる方なのかしら?」

 「…まあ、景吾さんと同じ氷帝学園でいらっしゃるの?
  うらやましいですわ。」

 「おうちはどちらにありますの?」

 「学園では景吾さんはどんな感じですの?」

 「で、景吾さんとは親しくしてらっしゃるの?」


なんで、なんでそんな事を聞かれていちいち余裕ぶった笑みで
最後にはどうってことない子ですわね、みたいな視線を送られねばならないのか。


 「今年も招待状が来てるじゃないの、
  あんた気に入られてるわよ、絶対。」

 「恥ずかしくない格好で行かせなきゃいけないわね。」

 「いい、
  跡部邸では粗相のないようにね。
  あんたが玉の輿に乗れば私たちも楽が出来るんですものね。」

そして、毎年のようにはしゃいでる両親を見てると
跡部と自分はただの友達なのに、何勝手に妄想してるのよ、
と自分の親ながらあまりにも勝手すぎて吐き気を催す。

跡部がこんな親を見たら絶対幻滅するだろうな。

だって、誕生会に来てる人たちと何も変わらないんだから…。









 「…ちゃん、どうかした?」

 「えっ? あっ、ごめん、何か言った?」

 「ほら、またぼんやりしてるC〜。」


ふと気づくとジローの両手がの頬を包んだまま
ジローの心配げな瞳が鼻をくっつけるくらいの距離で覗き込んでる。

 「ジ、ジロー君?」

 「心配ないよ。」

 「…////。」

 「跡部はね、昔っからちゃんの事が好きだから。
  ちゃんだって、ずっと跡部の事が好きなんだよね。
  俺、ちゃんとわかってる。」


ジローの優しい言葉が乾いた心に水を与えるように染み込んできて、
ジローの額に自分の額をコツンと合わせるとそのままは目を閉じた。


 「誕生会にさ、皆勤賞があるんならさ、
  ちゃんは皆勤賞取れるね!」

 「何、それ。そんなの聞いたことないよ?」

 「俺だったらちゃんに皆勤賞あげるよ、絶対。」

突拍子もないジローの発言にくすりと笑ったら、
うん、笑ってるちゃんが俺も好き〜と抱きしめられた。



 「ね、跡部は?」


カサッと落ち葉を踏みしめる音にそこに誰かがいる気配を感じる。

えっ、何?

跡部君がいるの?


はジローの腕の中で全身を耳にして後ろに集中した。




 「ジロー、いい加減を離せよ?」

 「跡部、怒ってる?」

 「怒ってねーよ。怒られてーか?」

 「うーん、跡部がちゃんにちゃんと皆勤賞あげるんなら離すけど?」

 「どいつもこいつもおせっかいなやろーばかりだぜ。」


姿は見えないのに好きでたまらない人の声は
とても近くで聞こえる。

ジローに背中を押されるように跡部の方に向き直されても
ジワリと歪んでる視界に思わずよろけそうになる。

そんなにため息つきながらも跡部がの腕を引き寄せ、
新たなぬくもりには堪えきれずに泣き出していた。



 「お前な、俺が泣かしたみたいだろ?」

 「だって…跡…部君が…口利いてくれないから…。」

 「お互い様だろ?
  大体なぁ、俺様だけ呼び名変えたのはどっちだよ?
  俺が名前で呼んでる女はお前だけだろ、違うか?
  十数年も俺様の誕生会に招待してる女もお前だけだ。
  少しは気づけよ?」

 「気づけったって、そんなの…無理。」

 「俺の親はの事は小さい頃から知ってるんだ。
  俺様がずっとにだけ招待状を出し続けたのには意味があるんだよ。」

 「あんなカード…嫌い。」

全く、いい加減泣き止め、と相変わらずぶっきら棒な物言いだったけど
の髪を優しく梳かしつける跡部の指が心地よかった。


 「行かないなんて言うなよ?」

 「…。」

 「ちゃんと二人だけで過ごせる時間作るから…。」

 「えっ?」

 「ちゃんと俺様の誕生日、祝ってくれ。」


ぎこちないキスが額から瞼に、そして鼻筋を通ってやがて唇に降りてきた。


 「、愛してる。」

 「私もずっとずっと好きだったんだ。」

 「今も、か?」

 「これからも、だよ。」




明日の誕生日にはちゃんと紹介するからと跡部に言われ、
うちの親には当分紹介できないかも、とは心の中で苦笑した。








The end



Back








☆おまけ☆

忍足 「なんや、くっついてもーたん?」
跡部 「なんか不満そうだな?」
忍足 「せっかく俺の誕生会にちゃんを誘おうと思ったんやけどな。」
跡部 「ああ、行ってやるぜ?
    俺様と一緒にだったらな。」
忍足 「勘弁したってや。
    何が悲しくて自分の誕生日に心を閉ざさなあかんの。」
跡部 「ああん?氷の世界でよければおみまいしてやるぜ?」
忍足 「遠慮させてもらいます…。」