風になびく
私が氷帝学園に入ろうと思ったのは
多聞に母の影響がある。
母が父に出会ったのは氷帝学園の有名な並木の下だった。
それは小さな頃から聞かされていたから
笑い飛ばす年頃の前に刷り込まれてしまった理想の出会い。
当時馬術部だった父が
馬に跨ってのんびり散策していた所を目撃した母が
一発で恋に落ちたという・・・。
それはそれはお目出度い一目惚れの話。
まるでね、王子様かと思ったのよ!
母の言葉は幼心に私に夢を与えてくれた。
私も王子様に会いたいと。
もちろんこの年になれば二匹目のドジョウが
柳の下にいつもいる訳ではない事くらい分かっている。
氷帝学園には王子様級のお金持ちはいろいろいるけれど
さすがに馬に乗った王子様など現実にはいない。
そもそも馬術部の人気も落ちたもので
憧れの馬術部には今は動物好きの女子しか残っていない。
かく言う私もそのうちの一人だけど。
だから白馬に乗った王子様など会えるはずもないのだ。
「、ごめん。
今日、週番だったから先行くね。」
「あー、わかった。
後はやっておくよ。」
「でも大変だよ?」
「いつもの事じゃない。
間に合わなかったらサボるわ、1限。」
「そっちは何?」
「古文だから平気。」
可愛い馬たちに餌をあげて着替えれば
とっくに授業は始まってしまう。
すまなさそうに両手で拝む真似するに
お互い様だからと手を振る。
朝練で馬臭くなってしまうから
シャワーでも浴びねばとても教室には入れない。
まあ、それも最初のうちだけだったけど・・・。
「ま、いっか。」
自分自身に声をかけて
部員よりもたくさんいる馬たちに餌をあげていく。
1頭1頭に声を掛けてやると
みな一様に嬉しそうに首を振る。
人懐こい馬たちの方の仕種に
私はどんなにか癒されて来ただろう。
「あんたたちが私の恋人よ。」
そう呟いてみたら何と返事が来た。
「それはまた随分だな。」
へ?と振り返れば跡部がそこにいた。
何でこんな所にいらっしゃるのか
皆目見当が付かない。
「あ、跡部、何してんの?」
「ああ?お前と同じサボりだよ。」
同じ、と言われても私には仕事がある訳で
跡部と同じではないんだけど?
「何で?」
訝しげに問えば跡部の方も訝しげにこちらを見る。
「お前、今日が何の日か知らねーのか?」
「今日?」
「ああ。」
「4日だけど?」
口に出してみて初めて跡部の誕生日を思い出した。
そう言えば去年も一日跡部は教室にいなかったような?
「誕生日?」
「ああ。」
「大変だね。」
バレンタインの次に1年で一番跡部の憂鬱な日らしい。
最も同情してあげる気にはならない。
大体普段から目立つ事ばかりやってるのだから
仕方ないと思う。
女の子たちにちやほやされて嬉しそうにしてればいいものを。
「お前は・・・。」
「何?」
「よっぽど馬が好きらしいな。」
「ああ、うん、まあね。
でも馬術部がこんなに大変な部だとは思わなかったけどね。」
普段偉そうな跡部が普通に喋ってるのが面映い。
そんな跡部に真面目に答えてる自分もちょっと違うような。
「お前、なんだってそんな部に入ったんだよ?
もっと楽な部はいくらでもあっただろうが?」
ポツリと呟く跡部に私は何となく可笑しくなった。
自分なんて氷帝学園で一番大変な部活に入ってるというのに。
今年全国優勝を果たせなかった跡部たちは
来年はもっとハードルが上がるに違いない。
「ラク・・・か。
だってね、王子様がいると思ったのよ。」
笑いながらそう言ったら跡部は変な顔をした。
うん、私もね、王子様の話をする気はなかったんだけどね。
「お前、正気か?」
「ふふっ、下らない話でもいいじゃない。
どうせ跡部はここにいたって暇でしょ?
私ね、白馬に乗った王子様を探してたの。
父が馬術部だったせいもあるけど
何となく馬術部に入ればいい事あるかなって。
でも入ってみたら廃部寸前じゃない?
けど、馬たちを放っておく事もできないし、
何よりみんな可愛いし。
今じゃもう馬なしの生活は考えられないかな。」
馬房から顔を覗かせてる馬たちを眺めながら
そんな風に話したら跡部はいやに真剣な顔つきをしていた。
真面目に受け取ってくれるなんて思いもしなかった。
「だから馬たちが私の恋人なの。」
「ばーか。」
「いいよ、別に。
跡部に分かってもらおうなんてこれっぽっちも思ってないし。
高校生活はこれで充分なの。」
「ただの王子じゃだめなんだな?」
「えっ?」
「馬に乗れれば惚れるんだな?」
「はぁ?」
言ってる意味が分からなくてぽかんと跡部を見つめてる間にも
にやりと口元に笑みを乗せた跡部は
馬房の前に掛かっているハミをひとつ手に取った。
そのまま一番奥の馬房に入るや
ミルキィドリームという白い馬を連れ出した。
「ちょ、ちょっと跡部、どうする気?」
跡部が手馴れた風に手綱を引いてる事に感心するよりも
いくら大人しい馬とは言え跡部に怪我でもさせたら大変だという思いで
私は慌てて跡部の元に駆け寄った。
跡部はそんな私を尻目に
あっという間にミルキィドリームに飛び乗ってしまった。
「あ、跡部!?」
「ほら、手を出せよ?」
跡部は馬上から私に手を伸ばして来た。
「えっ!?」
「掴まれよ?」
「む、無理無理無理無理!」
私が思いっきり拒否すると
跡部は裸馬の癖に器用に歩を進めると
初心者用の台の近くに馬を横付けした。
「ほら、これなら乗れるだろ?」
私はドキドキする気持ちで台に上ると
跡部の後ろに跨った。
鞍がないから少し不安定で
だから跡部の身体にぎゅっとしがみつく格好になってしまう。
いつも馬に乗っているのに
跡部の後ろから見る風景は別世界のようだ。
心地よい風が跡部の後ろ髪をなびかせている。
それをぼんやりと私は見つめてしまっている。
大体跡部が馬に乗れるなんて知らなかった。
そしてこんな風に二人乗りをするなんて夢にも思わない展開だ。
まるで映画のヒロイン。
ううん、お姫様のよう・・・。
「こいつ、大人しいだろ?」
「えっ、う、うん。」
「ここに来る前には俺の所にいた。」
「そうなの?」
「ああ、初心者が先ず乗るには賢くていい馬だ。
障害はやった事あるか?」
「ううん。」
「向ければ必ず飛んでくれる。
乗ってる奴が何もしない方がいい位だ。」
「あ、跡部、馬に乗れたんだ?」
「一応な。」
なんだかずるい、とふと思ってしまった。
かっこよすぎる。
今までそんな風に跡部を見た事なんてなかったのに
跡部が馬に乗れるって知っただけで親近感がわく。
というより好きになってしまいそうだ。
「跡部?」
「何だ?」
「お、おめでとう。」
「・・・。」
「一応言っとく。」
「ああ。」
跡部の顔は見えなかったけど
こんな誕生日も悪くないな、と呟くのは確かに聞こえた。
The end
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☆あとがき☆
跡部、お誕生日おめでとう。
他の話を書いていたのに
つい先日国体の馬術競技を見に行ったので
その影響が・・・。
跡部とふたりで外乗がしたいです///
2010.10.5.