新入生、歓迎します!





今年も氷帝学園の敷地内のサクラは見事に咲き揃った。

いや、跡部に言わせればそれも当然の結果なのだそうだが
圧巻とも言うべきサクラ並木を通るたび、
は初めて跡部に会った日の事を思い出す。




 「偉いね、君たちは。
  何にもなくても毎年ちゃんと花を咲かせるんだね。」

独り言がつい口から出てしまった。

それはそれは見事な花の咲きっぷりに感動して出た言葉だったのに
の真後ろで誰かに鼻で笑われた、と気付いて振り返ったそこに
留学生かなと思うイケメン君に出会った。

 「ここまで咲かせるのに何もしてねぇ訳がねーだろ?」

初対面にも関わらずもの凄く偉そうな態度に
彼の目元にあるホクロまで自分の事を笑っているような気がした。

まさか自分以外にもこんな所に人がいるなんて思わなかったから
自分の呟きを聞かれてしまったんだと思うと顔から火が出る思いだった。

それなのにが言葉を返さずに固まっているのを
まるで自分の説明を求めているのかと勘違いしたその男子は
明らかに人を小ばかにしたような口調で先を続け出した。

 「氷帝のサクラは創立前よりずっとこの地にあったものだ。
  この並木道を生かすように校舎も建っている。
  氷帝の設備費の何%かは毎年、こいつらの健康状態を維持するために
  専属の樹医に支払ってる。」

 「ジュイ?」

 「樹木医、つまり街路樹なんかを守る木の医者のことだ。」

 「へぇ。」

さすが都内の有名私立校なだけはある。

バカ高い入学金の一部はサクラの木にも還元されているのかと思えば、
この見事な花の競演を氷帝生は我が物顔でいつでも見る事ができるのであるから
悪くもない、はそんな風に一人納得した。

それなのに相手はが樹木医という言葉に感心したのだと思った。

 「お前、サクラが毎年花をつけるのは当たり前だと思ってんだろうが、
  こんな老木が鈴なりに花をつけるのは大変な事なんだぞ。」

 「はぁ。」

なんだか分からないうちにさらりと髪をかき上げる、
いかにもキザったらしい男子に説明を受けている。

制服は真新しいからきっと新入生だろうとは思う。

でもこっちは高等部からの入学なのだから
ここのサクラの事なんて知らなくて当たり前だと思うのだけど、
は心の中で思ったのだが黙ったまま彼を見つめていた。

 「強風で枝が折れるだけでそこから腐って行く事もあるんだ。
  それに土壌の質を維持するのは並大抵の事ではないな。
  追肥のやり方、種類、量と樹木医の仕事は上げればキリがない。
  ま、うちの樹木医は最高レベルの腕を持っているから心配はしてないがな。」

そんな説明の後につと視線を上げて老木を見上げる彼の表情が
言葉とは裏腹に優しいものである事がとても不釣合いに思えた。

ギャップ萌え・・・、そんな言葉が浮かんで、
は頭の中でそんなあり得ない事、
と自分に突っ込みながらため息を洩らした。

 「あーん、人が教えてやってるのに何だ、そのため息は。」

どうやら彼にはの態度が不真面目に映ったようで
口調は甚だしく不服そうである。

 「や、別に。」

 「ふん、どうせ花がなければ興味なんてないんだろうな。」

どこまでも人の気持ちなんてお構いなしの言葉に
先程思った事などどこへやら、ついつい文句を言いたくなる。

 「なっ、ちょっと、失礼ね。
  勝手に話し掛けて置いてそんな言い草がある?」

 「はぁ?
  勝手にとは何だ。
  お前が脳天気な独り言なんて言ってるからだろうが。」

 「独り言に話しかける方が変です!」

 「人を変人みたいに言うな。」

会話はどこまでも平行線で
とて初対面の男子に取り成す気も起こらず
一瞬だけ思ったギャップ萌えは気の迷いだと視線を外した。

そしてそのままそろりと歩き出せば、
なぜだかその男子も付いて来る。

 「何?」

横に並んだ彼に素っ気無く問えば
面白そうにクツクツと笑われた。

 「何でもねぇ。」

何でもない割りに隣で笑われるのは気持ちのいいものではない。

出来る事ならこれ以上関わりたくないと思うのに
相対的にはカッコイイから
こうして隣を歩くだけならときめかないでもない。

でもさっきの傲慢な口調を思えば
きっとどこぞの金持ちの御曹司なのだろうと
残念な気持ちの方が強かった。

初めて口を利いた男子相手に
だってここまで口喧嘩のように応酬するつもりなんてなかったのに
気付けばポンポンと口をついて出る。

 「ちょっと、ついて来ないで下さい!」

距離を置きたくてなぜだか丁寧語になる。

 「生憎だな、俺もこっちに行くんだよ。」

返される言葉に無性に抗いたくなる。

 「じゃあ、離れて歩いて下さい!」

 「あーん?
  俺様と並んで歩くなんて光栄だと思えよ?」

 「はぁ?どこに光栄なんて言葉が値するんですか?」

 「お前、俺様の事、知らねーのか?」

はぎょっとなった。

オレサマ?

自分に様なんてつけちゃってるよ。

氷帝学園が関東一の金持ち学校だって事は知っていたが
こんな奴がいる学校だとは思わなかった。

は言葉を返す気も失せて思いっきりしかめっ面を見せて離れて歩こうとした。

それなのにやっぱりそいつはのそばに寄って来る。

 「おい。」

 「もう話しかけないで下さい!」

 「何だと?」

 「あなたの事、全然知らないけど
  知らなくても全然困らない!
  むしろこれからも知りたくもないって感じで。
  ナンパするならもう少しましな方法をお薦めするけど
  それでもいいって子はいるかも知れないから
  ま、頑張ってね。」

 「何だ、それは。」

 「とにかく、ごきげんよう。」

もう二度と関わりたくないという意味も込めて
普段使いもしない言葉が口をついて出た。

馬鹿みたいだと思いながらもは真っ直ぐ前を向いて足早に歩いた。

やがて人通りが多くなって
が目指す掲示板の辺りまで来ると
いきなり目の前に現れた長身の男子がの前に立ちはだかった。

必然的に後ろから歩いて来た先程の男子も
と並ぶように立ち止まった。

 「何や、跡部はする事が早いなぁ。」

長めの髪をかき上げる仕種は並んだ彼と同じ位キザで
の隣に立つイケメン君のお仲間かと思うと
はどこか引き気味にそのメガネ君を眺めていた。

するとそのメガネ君はニッコリと笑うとに話しかけてきた。

 「俺は忍足侑士。よろしゅう頼むわ。」

 「私?」

 「そうや。自分、さんやろ?」

 「えっ、何で?」

 「何でって、入学式で挨拶しとったやん。
  跡部を押しのけて新入生代表が全く知らん外部生やろ?
  そりゃあ、びっくりして目が点になるっちゅうもんや。
  なあ、跡部。」

忍足が呼びかける彼の名が跡部だと分かった事よりも
その跡部を押しのけて自分が代表挨拶をしたと言う所が引っかかった。

 「あの、押しのけるって?」

 「ああ、別に気にせんでもええよ。
  大方の予想は跡部だと思うとった、ってだけで。
  まあ、たまにはそれもええんちゃう?
  跡部よりさんの方が優秀やったんやろ?
  残念やったなぁ、跡部。」

振り返ればそこに苦虫を潰したような跡部の顔があった。

 「ふん、俺様がそんな事をいちいち気にしたりするか!」

 「そうかぁ?
  でも興味が沸いたから一緒におるんやろ?
  俺もさんにはごっつい興味沸いたで?
  な、これからは仲良うさせてな。」

にっこり笑みを浮かべる忍足にきょとんとするを見て
跡部はますます不機嫌そうに眉根を寄せた。

 「おい、忍足。
  お前は相変わらず、ずうずうしいんだよ。」

 「何で?
  跡部の彼女やったら俺も友達やろ?」

聞き捨てならない言葉に今度は大きく目を見張れば
跡部は鼻で笑って答えた。

 「あーん?何、勘違いしてやがる。
  俺のものは俺様だけのもんだろうが。
  ボケるんも大概にしろ!」






あれから1年経ってしまった。

クラス分けの掲示板を見に行っただけだったのに
その場での忍足と跡部の問題発言に
あっという間には二人と並ぶ超有名人になってしまった。

外部受験組だったにはおよそ理解できない事だったが
跡部の人気は中等部より想像を絶するものだったらしく、
その跡部の彼女という肩書きが高等部初日より
の頭上にさん然と冠化してしまったのである。

もちろんは真っ向からそれを否定して来たのだが
当の本人が否定しないものだからどうにも埒が明かない。

とは言うものの、別に跡部に告白された訳ではない。

どこでどうなってそんな事になったのか皆目理解できていない。

理解できてないのだが、どうやらは跡部のものらしいという
公式見解がまたたく間に出来上がってしまったらしい。

そんなあやふやなものが長続きはしないとタカを括っていたのだが
いつの間にか笑い飛ばせない状況になってしまっていた。

大体クラスが一緒になったお陰でどこへ行くにも跡部がの傍にいる。

おかげで付き合ってもないのに
ますます周りが完全に跡部の彼女として一目置くから
絶えず噂は噂を更新して行ってしまう。

思い余って当の本人に迷惑だと面と向かって伝えても、
俺はお前に興味がある、と率直な答えが返って来るだけ。

聞けば中等部の頃より万年首席の彼が何かの行事ごとには
必ず代表で挨拶を務めて来たらしい。

その跡部を差し置いての入学式での抜擢、
とは言ってもそれはがしたくてやった訳ではなかったし、
外部生からも優秀な逸材が入学して来たと言う学校側のアピールに
が利用された事に過ぎなかった訳なのに、
なぜだか跡部は殊更に付き纏うのだ。

もちろん今まで跡部の頭脳に勝る優秀な女子がいなかった事にも起因するのだろうが
どんなに跡部に冷たく接しようが「俺様」な彼には全く通用しなくて
返ってこっちが駄々を捏ねているようにしか思われかねない。


 「さんは何で氷帝にしたん?
  偏差値で見るなら国立の付属も全然余裕やったやろ?」

入学式が終わって1週間も経たぬうちにそんな事を忍足に聞かれた。

跡部に釘を刺されたにも関わらず
忍足は頻繁にのいる教室にやって来ては
跡部の眉間の皺が増えるのを楽しみながらに話しかけて来た。

 「そんな事はないけど、氷帝の大学部は設備が凄いから
  高校から入って置けば楽かなって、単純な理由だけど?」

 「そうなん?
  結構高等部から入って来る姫さんたちは
  家ぐるみで跡部目当ての奴が多いねんで?」

 「家ぐるみって・・・。跡部君ってそんなに人気があるんだ?
  そんな風には見えないけど。」

嫌味を込めてそう答えれば絶対また減らず口が返って来ると思ったのに
真横で頬杖ついてを眺めている跡部は全く真面目な表情だった。

 「お前にはどう見えてるんだよ?」

 「えっ?」

 「いや〜、跡部、俺を無視して二人でラブラブするんはやめてぇな。」

忍足が茶化しても全くの無視。

跡部はじっとだけを見つめている。

 「俺の事、どんな風に見えるんだよ?」

 「いや、だから、見た目はそこそこモデル並だと思うけど、
  そんな高校選ぶ理由が跡部君だなんて、私には理解できないって言うか。
  大体跡部君の事なんてよく知らないし・・・。」

 「そうか。」

 「だ、だから初めに言ったでしょ?」

あんまりじっと見つめてくるからの方があたふたしてしまう。

 「別に跡部君の事知らなくったって全然困らないし・・・。」

 「そうだな、今のままじゃ埒が明かねーな。」

 「な、何?」

 「今日からお前もテニス部だ。
  ほら、行くぞ。」

 「えっ、行くって、どこに?
  ちょ、ちょっと待って。
  テニス部ってどういう事?」

跡部に引っ張られて立ち上がったものの、
行き先が分からず、藁にもすがる思いで忍足を振り返れば
肩をすぼめている忍足が苦笑いを浮かべている。

 「一応聞いておくけど、跡部、どこ行くんや?」

 「決まってるだろ、榊先生の所だ。」

 「さよか。」

 「ど、どうして私がテニス部なのよ?
  忍足君も真に受けないで何とか言ってよ?」

釈然としないまま忍足に訴えかけてみるけど
所詮忍足は跡部の仲間。

手をひらひらと振られてそれを恨めしく見やれば
跡部の方は有無を言わせずずんずんと先を歩き出す。

しっかり掴まれた手首はどんなにもがいても振り解けず
榊先生の前でもそれは離される事はなかった。

マネージャーの必要性がものの見事に榊先生に弁明され
の意思なんてまるで無視をされるばかりか
跡部の言い分が無条件に通って行ってしまう現象に
ただただ呆然とするしかなかった事だけが思い出される。








あれから1年。

だけどもう、1年も経ってしまった。

今年は満開の時期がいつもよりずれてしまったけど
花付きは例年以上で、サクラ並木はたわわな枝振りを
堂々と空に向かって伸ばしている。

そのサクラがよく見える部室の脇に
テーブルと椅子を並べてそこに座る
同じく隣に座っている跡部を見ながらため息をついた。

新入生勧誘のためのブースなのに
明らかに跡部のオーラは近寄りがたい雰囲気である。

 「あのさ、跡部君はここにいなくてもいいんじゃない?」

 「別にいいだろ?」

 「そりゃあ別にいいけど、
  跡部君がいたらみんな怖くて近寄れないんじゃないかな。」

やんわりと言って見る。

のそばにいるのはいつも通りなのだけど、
新入生を歓迎するなら忍足とか向日の方がまだ敷居が低いように思う。

ことテニス部の事となると跡部は容赦がない。

そう言えばテニス部に入った当初は
マネージャー業の仕事にまごつく事ばかりだった
無理やり入部させたのは跡部なのに彼はちっとも助けてはくれなかった。

毎日覚える事が多くて、何で自分がこんなに血眼にテニスに明け暮れているのだろうと
そんな風に思うこともあったけれど
元来負けず嫌いのはいつの間にかテニス部の要的存在になっていた。

惜しまぬ努力と気配り。

でもそれは跡部もそうなのだと段々にも分かるようになって来た。

普段あんなに偉そうで、それは先輩方に対しても偉そうなのだけど、
それが許される以上の練習量を彼は自分に課している。

誰も真似出来ないほどの地道な努力を重ねている彼だから
努力を怠らない人に対しては彼なりにきちんと評価している。

そういう面が分かれば分かるほどは跡部に惹かれている自分に気付かされる。


 「俺様が怖いなんて奴は氷帝にはいらねーんだよ。」

 「またそんな事を言う。」

 「実際そうだろうが。
  俺に挑みかかって来れないようじゃレベルはタカが知れている。」

 「理屈はそうかもしれないけど。」

相変わらずの俺様ぶりだ。

そう言えば昨日入部届けを出しに来た日吉は
氷帝中等部のテニス部出身だと言い、入部の動機は下克上だと言っていた。

跡部はそういう後輩が集まるのを期待しているのだろうが
万一後輩に負ける時が来たらその時も俺様ぶりでいるのだろうか。

ふとそんな考えがの頭をよぎったが
跡部が負けるなんて想像出来ないと思い直してため息をついた。

 「何だ、そのため息は。」

跡部に見咎められては薄く笑った。

 「跡部君って相変わらずだなって思って。」

 「相変わらず?」

 「そう、相変わらず俺様。」

 「相変わらずかよ?」

跡部が穏やかに鸚鵡返しするのではちょっと考えてから言い足した。

 「うん、すっごく俺様。
  だけど凄い俺様。」

 「何だよ、それ。」

 「一応、誉めてる。」

そう言葉に出してしまってからはたと気付く。

今、とてつもなく気恥ずかしい事を本人に言ってしまったと。

顔が赤くなる前に弁明しようとは早口になった。

 「あっ、何ていうか、跡部君って口先だけじゃなくて
  実行力があるって言うか、練習量は人の何倍もしてるし、
  意外に地道って言うか、努力家って言うか、
  テニスは真面目なんだよね。だから・・・。」

言えば言うほど何だか可笑しくなってしまう。

それでも跡部は笑うでもなく、馬鹿にしたような目つきでもなく、
不気味なくらい静かにを見ている。

 「真面目なのはテニスだけじゃねーだろ?」

 「えっ?」

跡部の言葉に面食らう。

言葉そのものじゃない、真剣な眼差しが真面目で面食らうのだ。

 「お前、いい加減、その『跡部君』っていう呼び方、やめろ。」

 「えと、部長?」

 「ふざけるな。」

ふざけてるつもりじゃないけど、
跡部が何を言いたいのか分かるような分かりたくないような。

でも真面目な跡部の目が1年も待ってるんだよ、って語りかけて来る。

 「俺はに興味がある。
  ただの興味本位じゃねぇ。
  俺の事をどう思っているかに興味がある。
  お前は俺の事を知らなくても困らないって言い方をした。
  今はどうなんだ?
  俺の事を知って困らないのか?」

真面目な顔をして言うくせに、跡部の方がふざけてるとは思った。

跡部の事を知って困らないのか、と。

 「こ、困ってない、って言ったらどうするの?」

 「なら、景吾って呼べよ。
  特別に許可してやる。」

そこで初めて跡部は笑った。

絶対楽しんでいる。

 「困ってる、って言ったら?」

 「、って呼んでやる。
  それも特別だ。」

もう、だめだ、と思った。

面映くて顔が熱くなる。

 「な、何で今そんな事を言うの?」

 「新入生には特に分からせねーとな。」

ゆっくりと立ち上がる跡部の動きに合わせて顔を上げれば
避ける間もなく跡部に軽々とキスをされた。

 「やっと俺のものになったな。」

にんまりと笑う跡部は姿勢を正すと腰に手を当てて
すぐそばまで来ていた後輩に声をかけた。

 「こいつはマネージャーだが俺の女だ。
  肝に銘じとけよ!」

はっとして振り返れば、そこには新入生らしい男子が2人もいた。

は気配に気付かなかった自分を恥じたが
長身の二人も先輩のキスシーンを見せられて
顔を赤くしたまままじまじとこちらを見ているから
は思わず跡部の制服を引っ張ると恨みがましく小声で文句を言った。

 「ひどい!」

 「何がだ。」

 「新入生がいるならいるって。」

 「ああ、こいつらは中等部の時から知ってる奴らだ。
  一番最初に釘を打って置かねーとな、油断できねぇ奴らなんだよ。」

新入生たちがすまなさそうに会釈するものだから
まで気まずい会釈を返した。

全くもって新入生の勧誘にはやはり跡部は適任じゃないと
高鳴る胸を押さえながらはため息をつくしかなかった。








The end


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