甘え上手
「お前、週末って何か用事あんの?」
図書室で課題のレポート用に資料を集めていたら
不意に声を掛けられて、およそ図書室なんて来た事無いような
そんなクラスメイトの赤也が息を切らしてる様子に2度びっくりした。
「どうしたの?」
見ればトレードマークの癖っ毛の先に雫が溜まるほど汗をかいている。
黄色のポロは相変わらず目に沁みるくらいの存在感で
彼が部活を抜け出してテニスコートより反対側の図書室まで
一直線に走ってきたのは聞かなくても分かった。
「週末休み取ってんだろ?」
「あっ、うん・・・。」
「・・・先輩に聞いた。」
「えっ? 何を?」
「留学。」
怒ったような赤也の表情は
暗に留学の事を彼に一度も話してなかった事を物語っていた。
でも、留学の話は何もだけの特別なものでもない。
赤也だって中学の頃から幾度となくテニス留学の話はあったはずだ。
大体立海大では勉強でもスポーツでも何かしらに秀でていれば
何度となく留学のチャンスは与えられるし、
短期だろうと長期だろうと
はたまたそのまま姉妹校の大学部への進学も
さほど珍しい事ではないはずだ。
「ああ、その話?
たまたまよ。
この間の全国模試でいい成績だったからね、
担任が推薦してくれたとか、って。」
は赤也から書棚に目を移すと目当ての本を取ろうと手を伸ばした。
「なんだよ、この本。」
不機嫌そうな声はそのままで
でも赤也は届きそうにないの手の先から
いとも簡単にその本を抜き去るとぱらぱらとの頭上でめくりだす。
親切で取ってくれるならそのまま素直に渡してくれればいいものを
赤也は直情的な性格の癖に、のそばではいつも回りくどい事をする。
はため息をつくと体を赤也の方に向けた。
「留学するならね、週明けまでにレポート提出しなきゃなんないの。」
「だからさ、本気なの?」
見上げた先に赤也の黒い瞳が揺れている。
テニスをしている時はその目を真っ赤に充血させる程
瞳の力が強くなるのに、
こんな風に不安そうな表情をされると
どうしてもっと強くなれないのかと思ってしまう。
なんだかんだと言いつつ、幸村や柳と言った大物が可愛がるから
こんな風になったのじゃないかと思う時がある。
先輩たちが制裁だと言っては、コート内でいくらしごいた所で
赤也の負けず嫌いの性格の前ではたいした事はなくて、
結局赤也は先輩たちに甘えてるだけだと思っていた。
周りに強くしてもらっている、
そんな風だからテニスで打たれ強くなっても
何かの局面で自分ではその強さが出て来ないんじゃないかと
はそんな風に赤也を思っている。
たかだか留学くらいでそんな寂しそうな表情をしないで欲しい。
いつだったかそんな赤也の印象を丸井にしたら
彼はきょとんとした目をしたまま
お前って鈍いな、と笑われた事を思い出した。
「赤也は成長したと思うぜ?」
「そうですか?
背ばかり伸びても中身は全然変わってないですよ?」
「お前、全然解ってないんだな。」
「ほら、そうやっていつも庇ってる。
丸井先輩たちがそんなんだからいつまでたっても
甘え上手なんですよ、赤也は!」
「ああ? ばか言うなよ。
あいつ、あれでも計算ずくだと俺は思うけどな。
おいつがあんななのはお前限定なんじゃねーの?」
まるでが赤也をだめにしてるような言い様に
すこぶる気分が悪くなった事があった。
自慢じゃないけどは赤也を甘やかしたりしていない、
いつだって節度ある距離を保ってるはずなのに・・・。
「マジで留学する訳?」
額に張り付いた髪を拭おうともせず
赤也はの瞳の中にずいと入って来る。
予期しなかった距離の近さには身を竦ませるだけだった。
今までの張った予防線の中には入って来れないと思っていたのに
いつの間にかの身長を追い越して覆いかぶさるようなこの状況に
は男として格段に成長してしまった赤也を目の当たりにしてしまい
どうしようもなくうろたえてしまう。
それなのに赤也の真剣な瞳の中は不安な色で一杯だ。
そのギャップにもどうしていいか分からない。
彼の不安を取り除くであろう言葉は
マネであるには言えない言葉だ。
「俺に相談なしで留学すんの?」
「えっ?」
「俺の誕生日にそんな嬉しくない話、
聞かされて部活どころじゃないじゃん?」
「あ、赤也?」
「責任取れよ?
俺が今までテニス留学しなかったのは
がここにいるからだろ?
それなのに俺に一言もなく
お誕生日おめでとうでもなく、
あっさり決めちゃうんだ?」
「ま、待って、赤也?
私、留学はまだちゃんとは決めてないよ?」
迫ってくる赤也を押し留めようとは必死で弁明した。
頭の隅で赤也が留学しなかった理由を今初めて聞かされて
そんな大事な事を自分のせいにされた方が何倍も理不尽な事も
その時は思い至らず、今日が赤也の誕生日だった事にばかり心が引っかかった。
決めかねていたとは言え、留学の話はやはり自分的に嬉しくて
赤也の誕生日を忘れてしまうほど有頂天になっていたのかと
その方がにとってはショックだった。
「なら、俺が行くなって言ったら辞める?」
「そ、それは・・・。」
「がいなくなったら俺、レギュラー落ちするかも。」
「ばかな事言わないで・・・。」
「そうだよ。
俺はがいなきゃ頑張れない。
先輩たちにしごかれたって
俺の後ろにお前がいるから頑張って来れたんだろ?
解れよ!?」
あの不安そうな瞳はいつもを探していた。
が見ていればそれだけで充分頑張れる、
赤也はがうわべだけの甘い言葉などでなく
親身になって叱咤激励してくれるのが嬉しかった。
「解れって言われたって。」
「あー、マジで凹む。
俺はの事がこんなにも好きなのによ!
こそ、いつもいつも一線引くなよ。
たとえマネと選手は付き合っちゃいけねーなんて言われたってよ、
俺はもうずっと前から一筋なんだからな。」
初めて赤也の力の篭った言葉を受け取った気がした。
好かれてるとは思っていたけど
赤也だって一線を越えようとはして来なかった癖に。
ずるいと思った。
「そんな事言わないでよ。」
「今言わなかったらいつ言うんだよ?」
ニッと笑う赤也に完全に負けたと思った。
ドキドキし出したの胸に
赤也は押し付けるように本を返して来た。
「これ、ないと困るんだろ?」
「う・・・ん。」
「お前、俺の部活終わるまでここで待ってろよ?」
「えっ?」
「俺の誕生日、ちゃんと祝えよ、な?」
そう言って立ち去る赤也の後姿には唖然となる。
普通、こういう時にぎゅっと抱きしめてくれたりしない?
いい雰囲気だったんじゃない?
肩透かしを食わされたように赤也の後姿を見送って
期待してしまった自分には顔が熱くなった。
(な? あいつ、結構ちゃっかりさんだろ?)
丸井の声が聞こえてきそうだった。
これが計算づくだったら許さない、とは
わずかに赤也のぬくもりを感じる本の表紙に自分の手を当てて見た。
The end
☆おまけ☆
「上手く行ったみたいだね?」
そう言葉を掛けられて振り返れば
怪しげに笑う幸村部長の姿。
「な、何がですか?」
恐る恐る聞いてみたけど何となく嫌な予感がする。
「赤也、君の留学は反対しないよ。」
「えっ?」
「好きな子の可能性を摘むような
そんな度量の狭い子じゃないからね?」
意味不明な言葉には幸村を見上げる。
「可愛い子には旅をさせろって言うじゃない?
俺も心の狭い先輩じゃないからね。
赤也には一度位テニス留学で視野を広めてもらいたかったからね。」
クスクス笑う幸村は気味が悪い。
「だってさ〜、赤也、英語が弱いから
テニス留学なんて絶対しないって言い張るからさ〜。
ちゃんが留学するって言ったらどうするのかなあって
興味しんしんだったんだよねぇ。」
「先・・・輩?」
「ああ、君は気にしないでいいよ?
赤也は単純に寂しがりやなだけだから。
ま、これからも頼むよ?」
この後、赤也が本当にの留学にくっ付いて来る様な形でテニス留学を決めたから
先輩たちにはさんざん婚前旅行のように思われてからかわれる事になろうとは
気づきもしなかったのである。
Back