編みかけの恋






毎年寒くなってくるとなんとなく編み物をしたくなる。

編み物なんて不器用な私がするものじゃないって解ってるのだけど
なんとなく誰かを想いながら編み棒を動かす、という
なんともし難い乙女モードがむくむくと発動してしまうのだ。

クリスマスまでに編もうと思ったマフラーやひざ掛けや
帽子や靴下や手袋が、結局編み上がらなくて放置されて、
それでも毎年新しい毛糸に手を出すのはほとんど病気といっていいくらい。

中途半端に投げ出される想いの残骸は
詰まる所、成し遂げられない中途半端な想いのせいだと思う。

編み上がった所で勇気まで編み上がる訳でもなく、
完成品をプレゼントした所で相手が喜ぶとも思えない。

その上私の恋が成就するなんて、そんな身勝手な願いが
叶うはずもないくらいの事は百も承知なのだ。

けれど淡い期待にチョコレートを買ってしまうバレンタイン同様、
クリスマスには手作りをあげたいと思ってしまうのは
女の子なら仕方ないじゃないと自分自身を弁護したくなる。

そんな片思いをもう何年もしている。


今年買った毛糸の色はパステルグリーン。

密かに思いを寄せるクラスメイトの好きな色が鶯色だと聞いて
そんな色があるのだろうかと考えながら
きれいな毛糸に心奪われ、こんな明るい色も彼なら似合うのだろうと
勝手に一人で盛り上がってしまった。

始めの頃は簡単な極太毛糸だったのが今は並太。

編み目も去年よりは不揃いじゃないなんて
ちょっとは成長したのかも、と誰に言うでもなく自己満足。

それでも本を見ただけじゃ掴めない説明文って言うものが存在していて、
私は泣く泣く2クラス先の教室に足を運んだ。

教室には親友の姿はどこにもなくて
去年同じクラスだった滝君が文庫本を読んでいた。


 「あ・・・れ? は?」

 「なら担任に呼ばれてる。
  すぐ戻って来ると思うけど?」

ストレートの髪を掻き揚げて、滝君はゆっくりとこちらに視線を向ける。

でもその視線は私の手元から動かなかった。

 「それ、何?」


私は慌ててみたものの、毛糸の塊り以外何も持って来ていなかったから
今更隠す事もできず仕方なく滝君の隣のの席に座った。

 「一応マフラー。」

 「ふーん。」

 「な、何、その薄い反応。」

 「だってさぁ。」

滝君は文庫本に丁寧にしおりを挟みこむと
まじまじと私の手元を覗き込んで来た。

 「クリスマスまでに間に合うの?」

 「ひっどいなぁ〜?」

滝君って微妙に酷な事をさらりと言うんだよね。

間違っても大丈夫そうだね、とか、上手だね、とかお世辞は言ってくれない。

まあ、私が不器用な事はしっかり昨年1年間で認識済みなんだろうけど
ソフトな顔立ちの癖に辛辣な事も平気で言ってくるから
意外だなっていつも思ってしまう。

 「だって去年も仕上がらなかったの、知ってるし。」

 「うん、まあね。」

 「あれの続きを今年も編めば間に合うんじゃない?」

簡単に言ってくれるけどそうもいかないのよ、と私は呟くと
そのままの机にぺったりと頬をつけてみた。

ひんやりとする机は私の脳みそまで冷やしてくれそう。

もしクリスマスまでに出来上がったとしても
多分私は彼にこれをプレゼントする勇気は沸いて来ない、と
いう事だけは頭の片隅にちゃんと存在してるのだ。

ただ、何もできない自分が嫌なだけで
ほんの少しの間、あがいて見せているだけなんだ。

 「2年越しの編み物なんて、もっと重たいでしょ?」

 「重たい?」

 「そ。そういうの、滝君だって嫌でしょ?」

無理に笑って起き上がってみたけど
滝君はつられて笑ってくれなかった。

毎年毛糸の色や形は変わっても
引き摺ってる想いは2年どころじゃない。

怨念に近いものがあるかも、なんて冗談を言ってみようかと思ったけど
それはそれで口に出したらもっと悲しくなりそうで止めておいた。

 「うーん、それは人によるだろうね。」

 「あはは、それ、全然フォローになってないような気がする。」

 「でも、去年みたいに片方だけの手袋っていうのもありだよ。」

去年チャレンジしたのは手袋だったけど
結局上手く行かなくて右手だけのミトンしか作れなかった。

 「よく言うよ!
  男はミトンなんてはめないって笑ったのはどこのどいつよ?」

 「あー、そんな事言ったっけ?」

滝君は初めてクスクスと笑い出した。

あのミトンは今は鍋つかみの代用にしてる。

全く、人の気も知らないで・・・。

 「で、何での所に来たの?」

 「うーん、ちょっとね、真ん中に編み込みでもしようかなって。」

 「さぁ〜。」

 「うん、何?」

 「そういう難しい事はしない方がいいと思う。」

滝君はまるで聞き分けのない子供に言い聞かせるように
私をじっと見ている。

単純な編み方で単調に伸ばしさえすれば
マフラーなんてあっという間にできるってこと位私だって解る。

でもそんな何の芸もない長方形を彼に渡すのは
やっぱりいろんな意味で情けなくなるから
どうしても背伸びして難しいことに挑戦してしまうのだ。

 「だってさー。」

 「そのまんまだっていいと思うよ。
  見た目、雑だけどさ、
  そのまま編んでいけばクリスマスまでに編み上がるよ。」

 「うー。」

 「さ、それ、わざと難しくして
  結局編み上がらないようにしてるみたいに見える。」

 「えっ? そ、そんな事はないよ?
  編み上がったら渡すもん。」

 「ふーん。」

滝君はまた呆れたように鼻を鳴らす。

見透かされたような感じで決まりが悪い。


そうだな、今年も多分渡せないかも。

こんな鮮やかな色、あらが目立って仕様がないものね。

気に入ってもらえるなんて思ってないし。


ぎゅっとマフラーを掴んでた手を離したら
編み棒がするりと落ちてしまい、
慌てて拾い上げたらその拍子に編み目がずるずるとほどれていってしまった。


 「わっ、ど、どうしよう?」

素っ頓狂な声を上げたら頭の上でクスクスと笑われた。

でもそれは滝君の笑い方じゃなくて。

ドキンと弾む胸を押さえて私はそろりと顔を上げた。

 「何、してんねん?」

 「えっ?」

さらりと揺れる前髪の奥に私の大好きな瞳が覗いている。

赤面してしまう自分自身に激しく動揺してしまう。


 「忍足、遅いよ。」

 「ああ、悪いな。
  岳人に貸したはずがジローにまで回っててな。
  あいつ探すのに苦労してしもうたんや。」

滝君の問いに答えながら忍足は古語辞典を差し出した。

 「で? 滝とは何愉しそうな事してんねん?」

 「愉しそう? 俺たちが?」

 「何や、愉しくない事なんか、それ?」

 「ああ、これ?
  これはの課題。」

 「課題?
  家庭科の追試か?」

なんか好きな人に思いっきり呆れられた。

 「ふふっ。本人に聞いてみなよ?
  もう何年も仕上がらなくてさ、
  見るに見かねるっていうか。
  不器用なくせに健気なんだよ、
  そうだ、忍足。
  忍足は・・・。」

 「なっ/////。止めてよ、滝君のバカ!」


不器用だけど頑張ってたのに。

そんなからかう様な口調で忍足に何を言う気だと
私は滝君を思いっきり睨みつけると
編みかけのマフラーを投げつけて教室を飛び出した。


彼を想って手編みする自分に酔っていた。

それだけで満足だったんだ。

だから今更好きな人にどう想われたっていいじゃないか
と思う気持ちはあながち嘘ではないけれど
でもまさか、こんな形でもう告白する事さえ夢見れなくなるなんて
最悪なクリスマスだと思った。

おまけに滝君と楽しそうだなんてプチ誤解もいいとこで、
思わず駆け上がった階段の踊り場で溢れる涙を堪え切れずに
両手で顔を覆ったまましゃがみ込んだ。

もう編み物なんて二度としない・・・。











 「。」

階段を上がってくる靴音と共に
大好きな人の声が近づいてくる。

 「堪忍やで。」

何を謝られてるのか解らないけど
女の子には優しい忍足なら見過ごす事もできなかったんだろうと思った。

 「忍足君が謝る事じゃない。」

 「ああ、でも、笑うてしもうたから。」

差し出された忍足の手の中には私の編みかけのマフラーがあった。

ほどれてよれよれになっているマフラーを見て
私は恥ずかしくて顔が赤くなるのが解った。

 「、ほんまに不器用やねんな。」

 「うっ・・・。」

 「が編み物するなんて
  なんかイメージちゃうなあ、って思うてたんやけど、
  俺のために頑張ってるって滝に聞いて、
  俺、凄い嬉しい思うててん。」


忍足の口をついて出てきた、嬉しいと言う単語は
どういう意味で言われたのかがよくわからない。

勘違いしそうな単語は使わないでと思う。

涙を拭いて顔を上げたら
忍足は私の戸惑ってる表情に苦笑していた。

 「これさ、ちゃんと仕上げて欲しいねん。」

 「えっ、なんで?」

 「仕上げたら俺に告白してくれるんやろ?」

おせっかいな滝君が一切合切喋ったのかと思うと
もう告白する意味がないような気がする。

 「ク、クリスマスまでに間に合わないかも。」

 「せやったら、お正月までに作ってや。
  初詣にして行ったろ。」

 「それも・・・無理だったら?」

 「しゃあないなぁ。
  来年の俺の誕生日でもクリスマスでも
  いつでもええよ?
  出来上がるまでずっと待ってたる。」

忍足は私の頭をくしゃくしゃと撫でると
中途半端なマフラーを手渡してくれた。

 「それともミトンにする?」

 「ミトン?」

 「去年、片方だけ作ったんやろ?」

 「どうしてそれを・・・。」

 「滝が言ってた。
  、難しいのは作られへんから手袋はミトン型だって。
  それも片方しか作られへんって。
  俺、それ聞いて可愛ええなあって思った。」

 「た、単に不器用なだけで・・・。
  作るのも遅いし、そんなにきれいになんてできないし。」

 「でも俺のために作ってくれるんやろ?
  俺が部活してる間も、俺の事思って手編みしてるなんて
  なんかロマンチックやんか?
  俺、そういうの、好きやねん。」
  

だからちゃんと仕上げてよ、なんて耳元で囁かれたら
嫌だとは言えない。

だって編み上がるまで忍足は私の傍にいるって事で。




結局ちゃんとした忍足の気持ちは聞けないままだったと
後になって冷静に思い返して滝に報告すれば、
だからちゃんとマフラーを編んでもう一度告白するんだね、と諭された。


クリスマスまでもう時間がないけど
私は先の見えるゴールに向かって編み棒を動かすだけ。

もらってもらえるマフラーを編むのが
こんなに愉しい事だと気づいて、
不器用さは相変わらずだけど、いくらかは上達するような気がした。









The end

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☆あとがき☆
 クリスマスはあっという間に終わってしまいました。
そういえばチキン、食べてなかったなと
なんだか年々淋しくなるクリスマスです。
来年こそは計画的なクリスマスにしたいです。(えっ?)
2008.12.25.