それは記念的告白ってやつ
1,2年は進級テストがある中、
3年はもう形ばかりの期末テスト以外は全くのんびりしたものだった。
授業だってもうやる事がなくなってしまったと、どの教科も自習ばかりで
卒業までのひとときを好き勝手に過ごしてる感が否めない。
真面目にプリントを片付ける者など手塚くらいのものだろうと
も編み棒をせわしなく動かしながら自習時間を楽しんでいた。
「不二、どうする〜?」
クラスメイトの菊丸が教室の後ろでダンボールと格闘していたのは
2時間目が終わった頃だったか。
一体どこからそんな大きな箱を持ち出したのか、
毎年の事とは言え、その人気に翳りのない事に感心してしまう。
「英二、いくらなんでもそれは大きすぎない?」
の前の席にいる不二が振り返って答えるから、
は見るともなしに不二の顔を見てしまう。
ああ、今年もバレンタインが来るんだなって。
なぜかこの時期になると決まって不二の席の近くになってしまうは、
否応なしに毎休み時間ごとに繰り広げられるバレンタインお決まりの告白劇を
1等席で鑑賞することになる。
クラスメイトなら仕方ないが、
なんでわざわざ上級生やら下級生がこのクラスに来て、
恥ずかしげもなく繰り広げるおなじみの台詞を目の前で聞かなければならないのか
本当にいい迷惑だとはただただ傍観してしまう。
「いや、だって去年だってこの位は楽勝で埋まったっしょ?」
軽く自慢げに聞こえる菊丸の口調に
不二の方はなんだかあんまり気乗りしてないような口ぶり。
「英二、そんなに集まったら持って帰るの大変だと思うけど…。」
「んじゃ、不二は今年は受け取らないの?
ひとりひとり断る方が絶対疲れると思うよ。
俺、手塚みたく、眉間に皺寄せてなんて断れないもんにゃ。」
菊丸の言葉に思わず笑みがこぼれる。
1組の手塚はそれこそテニス部の中でも人気が凄いのだが、
あの性格ゆえ、なかなか手渡しでは受け取ってもらえないらしい。
もらう理由がない、その1点張りで取り付く島もないらしい。
「そう言えば手塚は今年、1個だけチョコをもらうって言ってたけど…。」
そう言って不二がの顔をじっと見つめてくるので
はふいと編み目に視線を戻した。
「それとも、マフラーをもらうんだっけ?」
マフラー…?
マフラー?
マフラーって!?
不二の言葉に編み棒がずんと重くなった気がした。
「不二君?なんかその言い方、含みがあるんですけど?
それ、私に言ってる?」
よく考えたら独り言とも思えない不二の言葉に視線を上げると、
不二は相変らずを凝視していたようで
こんなにしっかりと視線を合わせた事ってあまりなかったから
なんだか変に緊張してくる。
「だって、この間、さんが手塚と話してる所
偶然聞いちゃったんだ。」
「私と…手塚君?」
「バレンタインはチョコがいいか、別のものがいいか、
打診してたじゃない?」
ああ、とは合点がいった。
そんな事を聞いたのは先月の中頃。
親友ののたっての頼みで、仕方なく聞いたのだけど、
なんで不二君はそんな事を思い出したんだろう?
「これ、別に手塚君のために編んでるんじゃないんだけど。」
「そう?」
「大体、私、チョコを誰かにあげたりっていうのもしないから。」
がそう言うと不二はとても驚いた顔をした。
「そんなビックリしたような顔しなくても。」
「だってバレンタインなのに?」
「バレンタインだから何?」
「えっ!?」
「女の子はみんなバレンタインにチョコを持ってなきゃダメなの?」
は苦笑するとまたマフラーを編み出した。
同じリズムで編まないときれいに目が揃わないし、
予定では今日の放課後には出来上がるはずだった。
「さんはチョコをあげたい人がいないって事?」
「だって、無理に2月14日にあげなくてもいいでしょ。
バレンタインにチョコをあげたら絶対上手くいくって訳じゃないんだから、
何も頑張って告白とかしなくてもいいのにね。
不二君だってチョコをもらったって、くれた人全員と付き合うわけじゃないでしょ?」
次々に伸びていくマフラーを見ながら不二がため息をついた。
「別に僕だってチョコが欲しい訳じゃないけど。
どっちかっていうと、甘いものはそんなに好きじゃないし。」
「でも、仕方ないか、不二君たちは…。」
運動部の中でもとりわけテニス部は人気が高い。
チョコを持ってくる女の子たちだって、淡い期待は持っているにしろ、
チョコひとつで、全員が不二君の彼女になれるなんて思ってないだろう。
「今年は卒業しちゃうから記念的告白が多いかもね。」
の言葉に不二はほんの少し、ほんの少しだけど嫌な顔をしたように思えた。
「記念的告白?」
「そう。最後だから告白しておこうかな、みたいな。
振られたって卒業しちゃえば顔も合わさないですむから気まずくならないし。
でも1度くらい有名人に告白しちゃった思い出があれば
なんとなく青春の思い出って感じでいいんじゃない?」
「なんだか明日が憂鬱になってきた。」
「え〜、不二君がそんな事言ってるの聞いたら、
みんなめげるよ。」
「僕の方だって凹んでるのに…。」
「なんで凹むの?
たくさんの告白の中には不二君に合った告白もあるかもしれないよ?」
不二にしてみればたくさんの女の子たちから告白されるのを聞いてるのは
やはり退屈なのかな、とつい同情の目を向けてしまった。
それを傍らで見てる私だってえらい迷惑なんだけど、
でもそれは特定の人を作らなかった不二も悪いんだから
自業自得ではないかとは思っていた。
「ないよ、そんなの。」
「凄く悲観的ね?
明日になってみなくちゃわかんないじゃない?」
「でも、もう宣告されちゃったし。」
「何を?」
「僕の好きな子は、バレンタインデーには何もしないって…。」
なんだ、不二君にも好きな子いるんだ、と思ったのは一瞬で、
次に彼の口から出てきた言葉には固まる。
「だから、僕はそのマフラーが欲しい。」
マフラー!?
「な、何言ってるの、不二君?」
「何って。
それが誰かのために編んでる訳じゃないのはわかったけど、
さんが編んだマフラーだからこそ、もらいたいんだけど。」
なんだかニッコリ微笑まれて、いけしゃあしゃあと言いのける不二は
やっぱりただものじゃない。
不覚にもその笑顔にドキッとしてしまった。
「何で?」
「僕の記念的告白!
あ、でも告白したまま終わらせるつもりは全くないから。
さんが僕と同じくらい僕の事を好きになってくれて
さんが告白してくれるまで待つつもりだから。」
「ええっ!?」
「バレンタインにはこだわらないよ。
どっちかっていうと、僕の誕生日にさんの記念的告白、聞けたらいいかも。」
クスッと笑ったかと思うと不二は立ち上がって、
後ろにいる菊丸に声をかけた。
「あっ、英二!!
僕の分の箱はいらないから。」
「なんだよ、不二。
人がせっかく…。」
「悪いね。
でも、今年は僕、チョコじゃなくてもっといいものもらう事にしたんだ。」
「え〜、いつの間に、って、何もらうんだよ?」
「さんお手製の、毛糸のマフラー。」
そんな不二の言葉に自習中のクラスが色めきだって、
ああ、きっと次の休み時間には学校中に知れ渡って、
明日のバレンタインには女の子たちの反感を買うんだろうな、と思ったら
青春の1ページには納まりきれない不二の記念的告白に
はただただ呆然とするしかなかった。
今更しまうにしまえない編みかけのマフラーを抱えて
は机に突っ伏すしかなかった…。
The end
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☆あとがき☆
なんで人気投票第2位の不二君のバレンタイン・キッスがでないんでしょう?
なんて思いながら、今年も不二君へのチョコを選ぶのが一番悩みました。(笑)
それにしても、今年は暖冬だから、手編みのマフラーなんて全然必要ないですけどね。
2007.2.13.