と出会ったのは、とある屋敷でのパーティ。
政財界のお歴々が集まっていたこの日
俺は、跡部の名を継ぐものとしての勤めを果たすべく
退屈だという思いを周囲に微塵も感じさせないよう
慇懃な笑顔という仮面を被って過ごしていた。




「シャンパンはいかが?」

「イヤ・・・残念ですが、まだ未成年ですので・・・」


断りの言葉を口にしながら振り返った俺は
あでやかな美女を前にして、言葉を失った。












本当の私











「私の顔に・・・何かついてます?」



非の打ち所の無い美しい顔


一目でオートクチュールだと分かるドレスに

自信に満ちた物腰。







「貴女は?」



考えるより先に、言葉が口をついていた。





「あら・・失礼いたしました。

 と申します。跡部・・景吾さん、ですよね?」


・・・というと、こちらの・・・」


「はい。娘です。」




に、こんなに美しい娘が居るとは知らなかった。



いや・・・知っていたら、来なかったかもしれない。




跡部にも勝るとも劣らない財力と家柄。

だが、大して親しくはないこの家のパーティに

顔を出せということ自体、可笑しいとは思っていた。


おそらく、これは両家の親たちの仕組んだ出会いだろう。






普段の俺なら、この時点で踵を返して、屋敷を後にしていたに違いない。





だが、俺はそうしなかった。





の瞳の中に垣間見えた何かが、俺をこの場から去ることをさせなかった。




















「ねぇ?それで、どうなったの?」


「どうって・・・・・」


「あの、跡部景吾と一緒にパーティを抜け出して
 何もなかったとは言わせないわよ?」


「・・・・・」









に問われたは、あの日のことを改めて思い返していた。













!聞いた?
 来週のパーティに、跡部景吾が来るんですって!」


「・・・・・あなたの、お見合い相手として・・・でしょ?」


は、自分と瓜二つの姉に向き直った。


は双子の姉妹。

しかし、性格は昼と夜ほどに違っていた。



物怖じすることを知らない、いつも自信に満ち溢れた

何事にも控えめで、派手な姉の後ろに隠れる事を好む


この家の家長であると同時に、未だ会社の実権をも握っている
双子の祖父が孫娘たちを見比べて言った。



「跡部の息子は、中々派手好きだという噂だからな。
 相手は・・・の方がいいだろう」


お祖父さまの一言で、今回の見合いが決まった。









お祖父さまは知らないのだ。



私の・・・・・彼への想いを。










祖父の決定は絶対。

祖父の元を下がり、自分の部屋で物思いに沈む私に、
が興奮気味に話しかけてきた。


「ねぇ、チャンスよ、チャンス!」


「チャンス?」


ワケの分からないといった態度の私に
が焦れったそうに続ける。



「“彼”がやって来るのは、今度のパーティ。
 見合いと言っても型どおりのものじゃなくて
 会場で私がそれとなく声を掛けることになってる・・・でしょ?」


「ええ・・・・“あなた”がね」


「もぉっ、親たちに囲まれた席でのお見合いじゃないのよ?
 私とあなたが入れ替わったって、誰も気づきはしないわ!」


「そんなこと、できるわけないじゃないっ!」


私の言葉に、がバカにしたように目を細めた。


「出来るわけない? あなたの“彼”への想いは
 そんなものだったの?」



「想いって言ったって、遠くから眺めていただけで
 一度もちゃんと口をきいた事だって無くて・・・」





小学校からずっとお嬢様学校に通っていた私は
友達に連れられて出かけたテニスの関東大会で
“彼”と出会い、魅せられた。



美しくて、自信に満ちていて
誰もが彼から目が離せないようだった。




「3年も、“彼”の試合を観に行ってたんでしょ?
 その憧れの人と、話ができるだけでも、やってみる価値
 あるんじゃないの?」


「跡部くんと話・・・なんて・・・」


「私になればいいのよ。
 今までだって、何度もそうして来たでしょ?」



になる。

そう、私たちは今までに何度も入れ替わってきた。

の仮面を被っている時、私は、不思議といつもの引っ込み思案なではなく
自信に溢れた姉になりきることができた。



「上手く・・・いくかな?」



尚も迷う私に、が最後通牒を突きつけた。



「見合いはしなくちゃいけないのよ。
 私が・・・彼と見合いしちゃってもいいの?」




が、彼の隣に並ぶ姿を思い描いて
私は即座に首を振った。


部屋にはの笑い声が響いた。















の手に持っていたグラスを受け取り
横を通り過ぎようとしたボーイに渡す。

そのまま彼女の手を取り、引き寄せる。



「踊ろうか?

 どうも・・・そのように期待されているようだ。」



チラッと両家の親たちが居並ぶ方向へと目をやると
彼女の腰を抱いたまま、フロアへと向かう。


引き寄せた瞬間、彼女の自信に溢れた態度に
ヒビが入ったように感じたのは・・・気のせいか?


は俺を見上げて、ニッコリと微笑んだ。






時が過ぎるにつれ、に惹かれていくのを
ハッキリと自覚した。

だが、それと同時に
形容のしがたい違和感が、俺を苛んだ。



まるで、二人の女を同時に相手しているような感覚。


そんなものは、あとでいくらでも確かめられる。

俺は、敢えて自分の直感に目を瞑り

を連れ、会場を後にした。





見合い相手の女を、公然と連れ去ることが

どういうことになるのか


それが分からなかったワケじゃねぇ。





それでも手に入れたい


そう思った。
















・・・・・」


「跡部・・・・く・・・ん・・・」


「景吾って呼べって言っただろ?」


「あ・・・・・」


「言えねぇなら・・言えるようにしてやるぜ?」


ニヤリと笑う彼があんまり綺麗で

私は、そのまま彼の瞳の中で溺れてしまいそうな錯覚を覚えた。











ホテルの最上階のスィート。


ドアが閉まるのを待つのももどかしいと言わんばかりに

彼が私を抱き寄せ、唇を奪った。



シャワーを浴びたいという私をベットに押し倒すと

首筋に舌を這わせながら彼が囁いた。



「待てるわけ・・・ねぇだろ。

 シャワーなら浴びさせてやる。後で・・・な」











指が、舌が、私を翻弄し続ける。


耳元で囁かれる言葉に、酔いしれながら


私は、ただ、喘ぐことしかできなくなっていった。











言葉が要らなくなった今


のフリなんかじゃない


私自身でいられるような気がした。








そんな私を、彼が目を細めて見詰めていたことには
気づいていなかったけれど。














の反応を見るまでもなく
コイツが初めてなのは明らかだった。


先ほどまでの、自信に溢れた女は姿を消し
本当のが現れた。




それと同時に、俺の中の苛立ちが消えた。







「あぁぁ・・・っん、や・・あぁっ!」


「くっ・・・・・・・・っ!」



「景・・・吾っ・・・好き・・・・・っ」



「ああ・・・・分かってる・・・・」






を引き寄せて眠りにつこうとしたとき

俺の顔には、自然と笑みが浮かんでいた。











翌朝、紙切れ一枚を残して

は姿を消していた。
















「あら・・・噂をすれば・・・・
 でも、彼、何やらご立腹みたいよ?」


窓から外を見ていたが呟いた。


景吾・・・・
朝になって、本当の自分を見せるのが怖くて
こっそりとホテルを抜け出してきてしまったけれど
そのことを、彼は怒っているの?


心配げに唇を噛む私を制して、がドアへと向かった。


は入って来ちゃだめよ。まずは私が様子を見てくるから」











「やぁ、景吾くん、よく来てくれたね。
 今、孫を呼ぶから、少し待ってくれ」


勢いよくドアをノックすると、返事を聞く前に
が顔を覗かせた。


「お祖父さま、入ってもよろしくて?」


「おお、今おまえを呼びに行かせようとしていたところだ。」


祖父にニッコリと微笑むと、が景吾へと向き直る。


「こんにちは」


しかし、景吾は挨拶を返すどころか、にこりともせずに
に向かって尋ねた。



「キミは・・・誰だ?」


「何を言っておる。私の孫娘のじゃ。
 君はに会いに来たんだろう?」


「俺がパーティ会場でお会いしたのは、彼女ではありません」


些かの迷いもなく、景吾が言い切った。


がクスクスと笑い出した。


「すごいわね。ロクに話もしないで
 私とを見分けることができるなんて、家族でも間違うのよ?」


二人を見比べていた祖父が眉を潜めた。


「まさか・・・・・・・」


その時、ドアが開いてが文字通り部屋へと飛び込んできた。



「お祖父さま、ごめんなさいっ。私のせいなんです!」


状況を一目で理解した景吾が、を引き寄せて
彼女の祖父に尋ねた。



「俺は、さんに会いに来ました。

 それが何か、問題でも?」




見詰め合う二人に、祖父が溜息をついて言った。




「問題はないだろう。
 おまえたちに、異存がないのならな。」


「ありがとう、お祖父さま。」


輝くばかりの笑顔を祖父に向けると彼の腕を取り
にウインクをして部屋を出て行った。





「どうやら、出会う相手が違っていたらしいな?」


景吾に見詰められてドキドキしながら、が弁解を始めた。


「ごめんなさい・・・・・・
 ・・姉が、私の気持ちを知っていて、それで・・・」


「おまえの気持ち?
 俺たちは、初対面だったハズだろ?」


「話をしたのは、昨日が初めてよ。
 ただ・・・私、あなたの試合を見たことがあって
 それから、度々テニスコートに行ってたから・・・・・」


の告白を聞いて、景吾の目が細められた


「いったい、いつから・・・」


「あの・・・関東大会の決勝・・・青学の手塚くんとの・・・」


「ってことは、3年前か?

 ・・・ったく。」


「景吾・・・?」


不思議そうに自分を見つめる私に、景吾が尋ねた。


「3年間、俺の事を想ってたっていうのかよ、ああ?」


「・・・・・」


真っ赤になって目を逸らす私の顎に指をかけると

景吾の顔が近づいてきた。



「俺様から目を逸らすんじゃねーよ」


「景・・吾・・・・」


「おまえの想いに・・・すぐに追いついてやる」


景吾の言葉を聞いた私の瞳に、涙が溢れる。


「泣くな」

零れ落ちる涙を舌で拭い、唇が重なる。




「好きだ・・・・・・・・・

 ずっと、俺の傍にいろよ?」


「私で・・・・いいの?」


「おまえがいいんだ。」


嬉しかった。

でも・・・私は、もうひとつだけ確認しなければならなかった。


「パーティの時の私は、本当の私じゃないのよ?
 あれは、姉の真似をしていただけで・・・」


心配そうに尋ねた私に、景吾がニヤリと笑った。



「俺様が、それくらい見抜けないとでも思ってたのかよ?」


「え・・・・?」


「おまえが、誰かの真似をしていることは、すぐに分かった。
 その理由までは分からなかったがな。だが・・・」


真剣な表情で尋ねる景吾に、私の心臓は一瞬動きを止めた。


「夕べのおまえは、他の誰でもない、自身だった。そうだろ?」


頷く私に、景吾が嬉しそうに笑った。


「だったら、何の問題も無い。
 おまえは、俺の隣にいればいいんだ」



晴れやかに微笑む私に、景吾が嬉しそうに口付けをした。


これからの二人を約束するように。






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30万打記念のフリー夢として、
いつも足しげく通ってるサイト:blue moonの一瀬澪様より
いただきました。

澪様の書く跡部はとっても艶っぽくて、
今回フリー夢のアンケートにも迷わず跡部を推薦しました。

私には描けない跡部の魅力を澪様のサイトでいつも堪能させていただいてるのですが、
今回も大人というか、男くさいというか、もう好きにして!って感じなのです////

今年はOVAも発売されるし、ますます氷帝の跡部のかっこよさに
さらにぐっと来ちゃうかもしれません。

これからも素敵な夢を澪様には期待しちゃいそうです。

2006.1.29.