Love of prince ―White―
前日からの冷え込みは相当なもので、
はコートの上からグルグル巻きのマフラーで、
顔を半分以上隠していた。
遠くからでも判るその姿は
怪しいと言えば怪しい姿なのだが、
そんな先輩を可愛いと思ってしまう桃城は
思わず笑みがこぼれるのをこらえながら自転車のペダルを力いっぱい踏みしめた。
「先輩、おはようございまッス!」
「あっ、桃城君、おはよう。
待ってたんだ〜。」
嬉しそうに言うに桃城はえっ?と問いかけながらも、
が当然のように自分の鞄を自転車の前カゴに入れるのを
あっけに取られながら見ていた。
「後ろ、乗せてくれる?」
思いもよらぬの言葉に桃城はそれでも手放しで喜べなかった。
「いいッスけど。どうしたんスか?」
「うん?たまには楽な方に転がってみたい気分なの。」
面倒見がよくて、事務処理の手際は竜崎先生をも唸らせるくらいで、
本当にマネージャー業にかけては、古今東西の右に並ぶ者はいないほど。
真面目なんだけど、手塚ほど頭が固い訳ではなく、
誰もがを頼りにしていて、
自分の時間も体も、それこそ心まで、
惜しみなく部員たちのために身を粉にしてるようなのに、
ただの一度として嫌な顔をした事はなくて、
先輩は働き者だ、なんて勝手に桃城は思っていただけに、
の口から楽をしたいだなんて言葉が出るのは意外だった。
「先輩、登校拒否っすか?」
「まさか〜。そんな大それた事じゃないわ。」
そう言いながら、歩道の縁石に上がると、荷台に手を付きながら、
ようやくの思いで後ろに横座りになった。
「さ、出発〜。」
陽気な掛け声に押されるように、桃城はペダルを踏みしめた。
きんと冷え切った空気は頬に突き刺さるようだったが、
桃城は背中に感じるの体が暖かくて、
いやそれ以上に、自分たちの姿を思い描くと、
なぜだか耳まで熱くなる。
「せ、先輩!
そんなにしがみ付かなくても振り落としたりしないッスよ?」
「…だって、この方があったかいもん!」
「いや、それはそうッスけど、
なんつうか、この体勢はやばいって!?」
「え〜?二人乗りって言ったら、こうでしょう?」
は桃城のおなかの方まで手を伸ばすと、
もたれ掛けるように桃城の背中に頬をくっつけて、
まるで恋人同士の二人乗りのように密着していた。
「私、こういうの、憧れてたんだもん!」
クスクス笑うをよそに、
嬉しさ半分、
青学の正門が近付くにつれ、
怖いような気持ちが半分…。
「でも、見られたらまずいッスよ。」
桃城は落ち着きなくテニス部の方を視界に入れる。
よかった、まだ誰も来てない……。
ほっと胸を撫でおろしながら、桃城は部室の脇に自転車を止めた。
「先輩、誰か来る前に降りて下さいよ?」
「うーん、できれば昇降口まで連れて行ってもらいたいんだけど?」
「えっ?先輩、朝練は…?」
「サボる!」
「はぁ〜?どうしちゃったんスか?」
「大丈夫。部長にはちゃんと連絡してあるし。
とにかく歩くの面倒だから、昇降口までよろしくね!」
そう言われてしまえばの言うとおりにするしかない。
仕方なく自転車を漕ぎ出そうとすれば、
後ろから菊丸の拗ねた声が響いてきた。
「桃〜!!!
何やってんだよぉ?」
「い、いや、その、…英二先輩、今日は早くないッスか?」
「ああ〜?なんか誤魔化してにゃい?
てか、、なんで桃の自転車に乗ってんのかな?」
可愛い口調とは裏腹に、
菊丸は得意のダッシュですでにたちのそばに来ていた。
「あ、おはよ、菊丸。」
「うん、おはよ…じゃなくって、
だ・か・ら〜、なんで桃の後ろに乗ってんの?」
「だって、桃城君とは通学路一緒だったなあって気がついて、
今まで一度も乗せてもらった事なかったなあって思ったら、
卒業前に一度くらいいいかな、って。」
ほんとにそんな理由?と菊丸が疑いの眼差しを向けたちょうどその時、
菊丸の背後から可愛い声が響いた。
「先輩、おはようございます!!
何かあったんですか?」
3人が振り向くとそこには後輩のと
一緒に登校して来たらしい不二が立っていた。
不二は桃城の自転車の後ろに乗っているを認めるや、
ほんのわずか眉をひそめた。
「あーあ、桃城君がぐずぐずしてるから、
みんな追いついて来ちゃったじゃない。」
はふうっとため息をつくとそばにいた菊丸を手招きした。
「ね、菊丸、悪いけどちょっとこっちに来て。」
「へっ?何?」
近くに寄って来た菊丸の肩に両手を伸ばすとはえいっとばかりに弾みをつけた。
菊丸は慌てての腰に手を伸ばすと、を抱き寄せる形で受け止めた。
「あ、危ないなあ///。」
そう口で言いながらも、菊丸の顔はうっすらと赤みを帯び、
どこか嬉しそうな声だった。
「着地成功〜!
桃城君の自転車って大きいから乗り降り大変。
菊丸、ありがとね。」
が自転車から降りると菊丸の後ろに不二がいつもの笑顔で立っていた。
だけど、菊丸も桃城もその笑顔が決して本当の笑みでない事を察知して、
体は動けないでいるのだけど、不二から50M程遠ざかりたい気分だった。
不二が何か言おうとする前に、後輩のが無邪気に口を開いた。
「先輩、朝から見せ付けないでくださいよぉ。
でも、ほんとお似合いでしたよ?
私も憧れちゃうなあ、二人乗りで登校なんて///
ね、不二先輩!」
なんでそこで不二に振るんだ?と桃城は内心穏やかでなく、
慌ててに突っ込んだ。
「そこ、勝手に勘違いしない!!
先輩に頼まれたから乗せただけで、
似合うだのどうだの、そういうことはいいから!!」
「ああ〜、桃城君たらひどいなあ。
なんか私が脅して乗せてもらったみたい?」
「いや、そんなつもりじゃ…。」
「ウソ、ウソ。ちゃんと感謝してるって!!
そろそろ行かないと、手塚にグラウンド20周って言われちゃうんじゃない?
ちゃん、私、朝練行かないけど、よろしくね!」
はそう言うと、桃城の自転車のカゴから自分の鞄を取り出した。
その時に左足を若干引きずるような歩き方に、思わず不二がの腕を掴んだ。
「その足、どうしたの?」
うっと言葉に詰まったまま、が不二を振り返ると、
不二は答えるまで離さないよ、と言わんばかりに掴んだの腕に更に力を込めた。
は諦めたように小さくため息をついた。
「ちょっとね、家で捻っちゃっただけ…。」
「なんで僕に言ってくれなかったの?」
「なんで不二に言わなきゃいけないの?」
がむっとして言い返すと、不二は掴んでいた腕を離した。
その代わり、の鞄を取り上げると、自分の鞄と一緒に菊丸に放り投げた。
「英二、後でその鞄、教室まで持って来て!」
「わかったにゃ!」
「ついでに朝練も出ないから!」
不二は今度はに向き直ると、あっという間にを軽々と横抱きにした。
「きゃあ/// な、何するのよ?
ちょっと、不二!!!!
下ろしなさいよ!」
がむきになっても不二は動ずることなくを抱き上げたまま歩き出した。
「僕を真っ先に頼ってくれてもいいんじゃない?
なんで桃城に頼むかな?」
「やめてよ、下ろしてよ。
私が誰に頼んでも不二には関係ないでしょ?
大体不二は自転車通学じゃないじゃない?」
「ああ、そうだね。
でもこうやって運ぶことはできるよ?」
「いや、頼んでないから!
恥ずかしいから下ろして!!
菊丸〜!!!!
黙って見てないで何とかしてよ!」
不二の肩越しに菊丸に叫ぶものの、
菊丸は困ったように手をひらひらと振っていた。
「〜、もう俺らの手には負えないからさ、
不二にもらわれてくれ〜!」
「菊丸の薄情者!」
そう毒づいてみたものの、の体勢は変わることもなく、
所在無くは不二の胸元に視線を泳がせていた。
「…ねえ、不二。
下ろしてくれない?」
「やだ。」
「下ろして下さい。」
「却下!」
「あ、あのさ、どうしたら下ろしてくれます?」
が懇願するように言うと、やっと不二は立ち止まっての顔を覗き込んだ。
「そうだね、僕の頼みを聞いてくれたら。」
「頼みって?」
「たとえばバレンタインにチョコが欲しいとか。」
「えっ?わかった、チョコあげるから下ろして!」
「義理チョコは不可だからね。」
「うっ…。」
「義理チョコで手を打とうなんてひどくない?
僕はが好きって何べんも言ってるのに。
どうして僕の想いに答えてくれないの?」
じっと見つめてくる不二の瞳が眩しくて、は目を伏せる。
「だって…、不二はみんなのアイドルだし。」
「僕はみんなのアイドルでいるつもりなんてさらさらないのに?」
「でもやっぱりみんなの憧れの的だもん。
私なんかが…。」
昇降口にはそろそろ生徒たちが集まり始めていた。
を抱きかかえてる不二は凛々しくて、
何事かと立ち止まる生徒が遠巻きに二人の事を見ては、
特に女の子たちはこれからどうなるのだろうと、好奇心一杯であるのが、
当然、不二にもにも痛いほどわかってきた。
不二はふっと笑うとをその両手からそっと下ろした。
は視線が集まる中、もう逃れられないことに赤くなりながら、
それでもマフラーで必死に顔を隠した。
「ねえ、脱アイドル宣言しちゃってもいいかな?」
「えっ?」
「周りが認知すれば問題ないんでしょ?」
不二はの顔の周りのマフラーをはずすと、
頬に両手を添えて、そのままの唇に自分の唇を重ねた。
同時に周りから聞こえる落胆の悲鳴。
は思わず不二の体を押し返そうとしたが、
反対にぎゅっと抱きしめられてしまった。
「好きだよ!
本当にどうしようもないくらい。
だから、もう僕以外の誰にも頼ったりしないで。」
「………。」
「?」
「せ、責任とってよ?」
「うん。」
「私、不二ファンを敵に回しちゃったんだからね?」
「うん、もちろん。」
「は、恥ずかしいんだから。」
「だから?」
「一人にしないで///」
クスッと笑うと不二はの腰に手を回してゆっくりと歩き始めた。
「もちろん。」
おまけ
「英二先輩、こんなのありっすか?」
「なんだにゃ?」
「不二先輩に自転車取られたんすよ〜。」
「へ?
あ、あ〜、それは仕方ないにゃ。」
「明日も俺、歩きっすよ?」
「ま、なんだな、朝の桃の登校風景がよっぽど印象的だったんだにゃ。
自転車取られた位ですんで良かったんじゃない?」
The end
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あとがき
不二バレンタインドリ、間に合った〜。
ちょうど今、私も捻挫しちゃいまして、
泣く泣く一人で通勤してます…。(笑)
不二に甘えたいなあ〜。
2006.2.14.