Love of prince  ―Sweet―






バレンタインなんて嫌いだ!




は心の中で呟く。






でも、本当は……バレンタインは好き。



好きな人のためにチョコをあれこれ選んで、
素敵なラッピングを考え、
それを渡すまでのドキドキ感がたまらなく好き…。


渡した後は、もちろん彼が優しく微笑みながら、
大好きな声で「ありがとう、。」って囁いてくれると信じて…。





そう、毎年、毎年、
バレンタインのために悩む自分が好きで、
前日まではそのあり得ない両想いを思い描いてうっとりするのである。



だけど、だけど!?



バレンタインデーの当日になると、
は毎年、鞄の中に隠したままのチョコを何度となく出してはしまい、
ため息と共に結局は渡しきれぬまま、自分の胃の中に納めてしまうのであった。





今年もとりあえず手作りチョコなる物を作ってみた。
会心の作!と夕べは思ったものの、やはり本人を目の前にすると、
それを差し出す勇気は出ない。


そう、こんな人の多い教室でなんてもってのほか…。

むしろ他人の目を気にしないで、堂々とよそのクラスまでやって来て、
こんな休み時間にチョコを渡せる同級生や下級生の気が知れない。


彼女たちの心臓は何でできているのだろう?



それを当たり前のようにニコニコと受け取る幸村も幸村だけど……?







がぼーっとそれらの光景を見ていると、
ふっと幸村と視線が合った。

幸村はやはりにもニッコリと微笑む。

は慌てて視線をはずす。



なんで他の女の子たちからチョコもらってる途中でこっち見るかなぁ?



軽くため息をつくとは次の授業のため、とばかりに、
英語の教科書を開くとパラパラとめくった。

だけど相変わらず耳は幸村と女の子たちの会話を拾おうと必死だった。

もし、万一、あの中の誰かの告白を幸村が真剣に受け止めてしまったら、
の3年間の片思いが永遠に実ることなく、立ち枯れとなるに違いないのだ。




 「幸村君!まだ本命のチョコはもらってないんでしょ?」

 「今年こそは私たちの中の誰が好きなのかはっきりしてもらいたいわ。」

 「そうだよ。毎年、チョコくれる人はみんな好き…なんて言うんだもん。
  今年はどれかひとつに決めてよね!
  私、このチョコ、ちょっと自信があるんだから。」



途切れ途切れに聞こえる話の断片を繋ぐと、
どうやら今年もまだ、幸村の意にかなうチョコは渡されてないらしい。

それはそれで、にとってはまだチャンスがあるって事なんだろうけど、
だからと言って、彼女たちと張り合おうという気はさらさら湧いてこない。

どう見たって、彼女たちの方が何倍も美人だし、器用だし、才能がある。



いつだったか、幸村に言われたことがあったっけ。




 「って、ほんと、普通だよね?」

 「うわあ、何それ? ほんとの事でも他人に言われると傷つく。」

 「あははは、でも、は普通に可愛いよ?」

 「それ、褒めてないし。」

 「あれ?俺は褒めてるつもりだけど?」




クラスメイトとして、幸村はごく当たり前のように話しかけてくれる。

席が近いからとか、班行動が一緒になる事が多かったとか、
委員会が同じだったとか、…結構偶然なつながりが多い方だと思う。

まあ、幸村はテニス部の中では畏れられてる存在だったけど、
女子に対してはおおむね誰にでも優しく接してくれる。

見た目がソフトなだけにファンも多いのだが、
といって誰か特定の人と付き合うという事もなく、
それがかえって誰とでも気兼ねなく話せるのだろうとは思ってる。

だから、が幸村と普通に話ができても、
それは他の誰かと同列の事であって、特別なことでは、ない。









 「なあ、お前、いい匂いする。」

不意に通り過ぎざまにブン太がの髪に鼻を近づけてきた。

 「わっ//何?」

 「なんかすっげー甘い香り。」

は自分の髪に手を当てると、ブン太の顔から遠ざけた。

 「あのね〜、今日はバレンタインなんだから、
  そこら中の女の子たちはみんなチョコの匂いがするでしょうよ?」

 「それが違うんだな。」

得意げにブン太がの前の席に座り直した。

 「やっぱり手作りした子はいい匂いするんだぜ?」

 「へ、へぇ……。」

 「も今年は手作り派か。」

意味深に笑うブン太の言葉には思わず顔を赤らめたが、
そんな顔を見せたくなくて、ブン太のバカと小さく呟いて顔を背けた。

ブン太はニヤニヤしながら、ま、せいぜい頑張れよ、と席を立った。




頑張れって言われても……、ねえ…?





    ********





頑張るつもりでいた今年のバレンタインもついに放課後を迎えてしまった。

もういくらか諦めの境地に近いものの、
踏ん切りがつかなくて、はひとり教室に残っていた。

何人か女の子たちがの教室を覗きに来たけれど、
きっとその子達も、最後の賭けに勇気を振り絞っているのかもしれない。



は窓ガラス越しにテニスコートの方を見やっていた。

そこにも何人かの女の子たちが、レギュラージャージを着ているテニス部員たちを、
それぞれの思惑で取り囲んでいる。

あの輪の中に混じっていれば、
少しは気分が晴れただろうか?


暗くなる教室の机に腰掛けて、は足をぶらつかせていた。












 「ああああ、負けちまった!!!!」


悲痛な叫びと共に赤也が部室の机に突っ伏した。


 「ふふ、俺の勝ちだね。」

不適に笑いを噛み締めて、幸村はロッカーの扉を閉めた。

 「幸村も悪かとのう。
  いくら中学の時に赤也に負けた事があるからって、
  毎年数を競うとは。」

仁王がこれまた両手に余るチョコの包みを大きな紙袋にしまい込みながら言った。

 「全く二人ともいつまでたっても大人気ないな。」

柳が赤也に同情することなく、やはりチョコの山を前に、
それでも立海大の参謀として部員たちのチョコ獲得数をノートに記していた。


 「さてと、俺は忘れ物があるから教室に寄って行くけど、
  俺のチョコはブン太に全部あげるからね。」

 「えっ、幸村、冗談だろ?」

 「もう数は数え終わったから、これはもう用済みだしね。」

 「ひでぇ奴。」

 「ブン太なら全部食べちゃうだろ?」

クスッと笑うと幸村は部室を後にした。








     ********








 「せっかく美味くできたのにね…。」



箱からひとつチョコを摘まむと、はそれを窓の向こうに見える夕日にかざした。


多分これも青春のひとコマなんだよね。


そう呟くとはそのチョコを口に含んだ。


甘くて甘くて、それなのに切なくて涙が出そうになる。







 「変わったバレンタインの過ごし方だね?」


が振り向くと、そこにはいるはずのない幸村が立っていた。

あまりの驚きに自分でもわかるくらい幸村を凝視してしまった。

夢?じゃなかったら、この状況はなんて説明すればいいんだろう?



 「で、このチョコは受け取ってもらえなかったチョコ?
  それとも渡しそびれたチョコ?」


涼やかに笑う幸村の目は悪戯っ子のようだと思う。

だけど、そんな幸村の顔はたまらなく好きだとも思う。


 「両方……。」

 「ふーん。どんな味がするの?」

幸村が近付いてチョコの箱に手を伸ばした。

 「えっ///だめ!!!
  そんなに美味しくないから。」

慌てるをよそに幸村はチョコを摘まむと口に中に放り込んだ。

 「ふ、普通でしょ?」


自信なさ気に赤くなってるの口元に、幸村はごく自然に自分の唇を重ねていた。



 「普通の味だった?」


クスリと笑う幸村の顔が離れても、
には何が起こったか把握するには数秒かかった。

暖かくて、甘い幸村の唇…。




 「…幸村君////。」

 「何?」

 「幸村君にとって私は普通かもしれないけど、
  私にとっては……。」


はぎゅうっと両手を胸の前で組むと、
ドキドキする胸を押さえながら目をつぶった。


 「私にとっては特別だから。

  私、幸村君が好き。」


その言葉に満足そうに幸村は微笑んだのだが、
は言ってしまった言葉の大きさに潰れてしまいそうで、
怖くて顔を上げることができない。

幸村はの肩を抱き寄せると耳元で囁いた。


 「って普通なんだよな、って思うたびにね、
  あれ、なんで一日に何回もの事考えてるんだろう?
  って気づかされるんだ。
  多分、もうその時からの事は普通じゃなくて、
  俺にとって特別なんだなって思ったんだ。
  だから、このチョコも特別な味。」





は夢なら覚めないで、と心の中で思いながら、
その温かな幸村の腕の中で特別なバレンタインに酔いしれていた。













おまけ


 「で、本命チョコ獲得達成でも幸村の勝ちだな。」

柳の言葉に赤也が悔しそうに頭を抱え込んだ。

 「絶対絶対、部長の恋路をぶっ潰す!!」

 「そういう事は冗談でも言わない方が懸命だな。」



 「そうだよ、赤也?」

いつの間に来たのやら、レギュラージャージを羽織った幸村が、
部室の戸口で赤也を待ち受けていた。

 

 「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえ、
  って言葉があるのを知らないのかい?
  ま、ここには馬はいないわけだけど、

  ふふっ、ボールに当たって死ぬ事だって、
  あるかもしれないよ?」









The end


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☆あとがき☆
 2006年のバレンタイン!
今年もがんばるぞ〜/////(笑)

2006.2.12.