Love of prince ―Bitter―
「鬼は外!福は内!」
「こら、やめんか!」
「忍足は外!エロ眼鏡はずっと外!」
「なんや、それ。やめろ、言うてんのが聞こえんのか?」
氷帝レギュラー用部室の中はえらく騒々しかった。
コートから戻ってきた宍戸と鳳は部室のドア前でためらっていた。
「宍戸先輩、また…ですね?」
「あ、ああ…。」
「どうします?」
「どうするって言われてもなあ…。」
「やあ、二人揃って何やってるの?」
宍戸と鳳が振り返ると、そこには準レギュラー専属のマネージャーを従えた、
滝がクスクス笑いながら立っている。
「へぇ〜、正レギュラーの部室で豆まきなんてやってる。
なんでだろうねえ?」
滝はさらっとしたきれいな髪をかき上げながら、
傍らに立ってちょっと不機嫌そうなマネージャーの顔を楽しそうに見やった。
「おう、滝。
そっちの練習試合、終わったのかよ?」
「まあね。跡部にスコア表出しに来たんだけど、
取り込み中?」
「あいつら、ほんとうるせーのな。
毎日毎日よく飽きもせず…。
滝がうらやまいしーぜ。」
宍戸は帽子を取って頭をかいた。
「あはは。は直情型だからね。
でも、あのくらい気が強くなきゃ、跡部の下でなんて
やっていけっこないだろう?」
滝がのんびりした口調で答える。
「ま、うちの準マネは大人し過ぎて困るくらいだけど…。」
その時、部室の中から忍足が慌てたように飛び出してきた。
「全くかなわんなぁ〜。」
そうこぼす忍足に呆れ顔で宍戸が突っ込む。
「おい、今日はまた何で残り物の豆なんかぶつけられてんだ?
激ダサもいいとこだぜ。」
「ああ、なんでやろ?
が俺のジャージを洗うてくれたんで、
お礼にほっぺたにキスしたろか思たんやけど、
それがまずかったんやろか?」
「お、お前、バカか?」
「宍戸にバカ呼ばわりされるんはきっついなぁ。
感謝の気持ちを込めて何が悪いん?」
「相変わらずだな、お前は。ま、どうでもいいけど、
いちゃつくなら他でやってほしーもんだぜ。」
「はぁ? 別にとは何もあらへんで?」
「でも忍足先輩。
この間、先輩にバレンタインチョコねだってたって、
向日先輩が言ってましたよ?」
「ああ、そんなん、冗談に決まっとるやろ。」
「そうかあ?
なんだかんだ言って、お前らできてんのと違うか?
仲が悪いような小細工してるようにしか見えねーけどな。」
「何言うてんねん。
はただのマネージャーやんか。
…あれ、それはそうと滝とやん?
何か用やった?」
に気づくと、忍足が目を細めて笑いかけたが、
は無表情のままスコア表を差し出した。
「これ、今日のスコア表。
跡部に渡して欲しいんだけど。」
「ああ、かまへんよ。
それにしてもは今日も可愛ええな。
勘違いされるんならの方がええんやけど。
だったら義理チョコでも嬉しいで?」
忍足は何の気なしにの肩にしなやかにかかっている髪をすくうと、
その束に口づけをした。
忍足の行動に宍戸や鳳があっけに取られている次の瞬間、
バシッという音が鳴り響いた。
忍足が驚いて叩かれた頬に手をやる時には、
すでには走り去っていた。
「忍足、誰だって我慢の限界っていうものはあるんだよ?」
滝は冷ややかにそういい残すと、の後を追って走り出した。
「…なあ、俺、何で叩かれなあかんの?」
忍足はの後姿を目で追いながら呟いた。
「そりゃあまずいっすよ。」
「だよな。」
「何がや?」
「だって忍足先輩、滝先輩の目の前であんな事するから…。」
「滝は関係ないやろ?」
「お前気づかねーのかよ?」
「だから何のことや?」
鳳と宍戸は同時にため息をついた。
「滝先輩と先輩は絶対相思相愛ですよ。」
「はぁ?」
今度は忍足が目を丸くする番だった。
どこがどうなればそういう事になるんや?
忍足は自問自答していた。
「忍足が女好きで、いろんな子にちょっかい出すって知っててもな、
滝だって自分の好きな子に手を出されたくはねーだろ?」
「そうですよ。一応部内恋愛禁止ってことになってますけど、
あの二人ははたで見ていても微笑ましい位のカップルですよね。」
「暗黙の了解ってことがわかんねーようじゃ、
氷帝の天才も泣きが入ったな。
あいつらの邪魔はすんなよ?」
「こらこら、なんで滝となん?
は…。」
「それくらい俺だってわかりましたよ、ね、宍戸さん?」
「おう。準レギュラーのコートの方じゃ、もっぱらの噂だぜ。
ま、忍足は今年はから義理チョコももらえないんじゃねーか?」
「でも、忍足先輩には先輩がいるんですからいいじゃないですか。」
忍足は頭を抱えた。
なんで滝となん?
は、は、俺の彼女なんやで?
大体跡部が部内恋愛禁止令なんて作るからややこしくなるんや。
おかげで俺との仲は誰にも悟られんように苦労してきたんやないか?
それなのに、それなのに、なんでや?
なんで俺とで、滝がなん?
俺だってな、堂々とが彼女だって言いたいんやで?
「宍戸、悪いんやけどこのスコア表、頼むわ。
俺は義理チョコ以下の男や思われたないんや。」
そう早口に叫ぶと準レギュラーコートの方へ走り出した。
********
「何が悲しくて、彼氏に義理チョコ作らなきゃならないのよ?
ねえ、滝?」
準レギュラーコートのフェンスにもたれながらはため息をついていた。
後を追って来た滝は、の横で同じようにフェンスにもたれながら、
の横顔を見つめていた。
「よかった。泣いてるかと思った。」
「私が?
忍足のために泣くような涙は持ち合わせてないの。
もうとっくにあきらめてるよ。」
「彼女扱いされないこと?」
「んーん。
部内恋愛禁止だからそれはいいんだけど…。」
「彼の女好きな所が増長されてる?」
「なんかね、私って魅力ないのかな〜なんて思っちゃう。
忍足って彼女一人じゃ物足りないのかな、とかね。」
「…淋しい?」
「あは、また愚痴っぽくなっちゃったね?」
が苦笑すると滝がひんやりとした手をの手に重ねてきた。
「じゃあ、俺と付き合ってみる?」
は傍らの滝を見上げるとちょっと困ったように視線をはずした。。
「滝は優しすぎるよ。」
「が我慢しすぎてるんだよ。」
「そうかな?
私、そんなにかわいそうな子に見える?」
「かわいそう、じゃなくて、けなげ。」
「やだな、滝ったら。
買いかぶりすぎだよ?」
「そんなことないよ。
と忍足が付き合ってなかったら、
俺、放っておかないんだけどな…。
さてと、そろそろ忍足がやって来る頃じゃないかな?
きっと救いようもないくらい、焦ってると思うよ。
もう少し焼きもち焼かせてもいいんだけど、
これくらいにしておくよ。」
滝は握り締めたの手を今一度ぎゅうっと握り締めると、
ゆっくりとその手を離した。
「滝…。」
「ん?」
「ありがと。」
滝はそれに答えるでもなく、ひとり部室の方へと向かって行った。
「!!」
ふり乱れている髪が普段の忍足とは別人のようで、
走ってくる姿にの目は釘付けだった。
「俺が悪かった。
堪忍やで?」
少し弱気な忍足の表情は、
今まで一度たりともに見せた事のない表情だった。
「ほんまにとは何もあらへんで?
宍戸たちのゆうた事なんて、
あいつらが勝手に思った事で…。
俺かて、と滝が仲ええなんて言われたら、
もうどないしてええかわからんちゅうか、
もう隠すんはやめよ思うて。」
一気にまくし立てる忍足にはクスクス笑い出した。
「俺、めっちゃの事が好きなんや。」
「うん、わかってるよ。
さっきは叩いちゃってごめん。」
「ええよ。からの意思表示や思うたから。
の事、中途半端にした罰やな。」
忍足はを自分の腕の中に閉じ込めた。
「侑士には義理チョコなんてあげないから。
ちゃんと本命チョコ作るからね。」
「ほんまか?
そない言われたら、今年のバレンタインは、
以外の子からは1個も受けとらんことにするわ。」
「無理しちゃって…。」
「絶対や。
そんでホワイトデーには3倍返ししたるから、
覚悟しときや?」
「覚悟がいるの?」
「そうや!
なんたって氷帝学園の天才といわれる男の彼女なんやからな。」
夕闇迫るコート内に灯りがともる頃、
二人の影はそっとひとつになっていた。
********
「で?
忍足の奴は一体どこ行ってやがるんだ?」
正レギュラーコートではものすごく不機嫌な跡部が仁王立ちしたまま怒鳴っていた。
「宍戸先輩、忍足先輩は…?」
「あいつ、ここんところずっと準レギュラーコートで打ってるらしいぜ。」
「なんだか今でも信じられないっすよ。
忍足先輩の本命が先輩だったなんて。
俺、ちょっとショックです。」
コートの端で柔軟をしている宍戸と鳳は、
跡部に見つからないように小声で話していた。
「全くだな。激ダサすぎ!!
跡部に見つかるのも時間の問題だな。」
「おい、宍戸!!
忍足のヤローの首根っこ捕まえて、
今すぐここへ連れて来い!」
バレンタインが過ぎても
氷帝テニス部は相変わらず騒々しい日々が待っている、らしい…。
The end
Back
☆あとがき☆
いやあ、もう終わっとけ!って感じだ。(笑)
無駄に長くてすみません〜。
なんか最近忍足はうまくかけないわ…。
滝の方がかっこよくなってるし…。(苦笑)
これも二人の魔王様の呪いか!?
2006.2.16.