Dな気持ち








 「真田君。」



その大きな背中に呼びかければ彼はぴたりと進む歩を止めて
律儀にも私の方へ体を向けてくれる。



 「何だ?
  何か用か、?」


無愛想だとよく言われるけれど
真田はよく聞き分ければ分りやすい程優しい声で答えてくれる。



 (誕生日、おめでとう。)



声には出さないでゆっくりと口を動かせば
ああ、と頷くだけでその頬が一瞬だけ緩むのが分る。




 「真田?」


傍らにいた幸村に促され、今行くと一言答えながらも
真田は私に同じように声には出さないで言葉を紡ぐ。



 (あとで、迎えに行く!)




私は小さく手を振って自分の教室に戻るために踵を返す。



それだけのことなのに嬉しくて、嬉しくて…。








 「なあに、今のは?」

ニタリと笑う親友は私に追いつくと、いつも同じことを言う。

 「真田ってさ、硬いよねぇ。」

 「そうかな?」

 「みんな知ってるんだからあそこまでしなくてもさ。」

不器用な奴、とは笑う。

 「はこんなに真田にベタ惚れだっていうのにさ、
  真田ってほんと可愛くないよね。
  愛情表現が全くなってないのよ。」

また始まったかと私はため息が出る。

そりゃあ、バレンタインに乗じて告白したのは私だったけど、
どうやら世間的に私たちの仲は、私がもの凄く真田に惚れていて
尽くしに尽くしてるように思われてて、逆に真田はもの凄く冷たい男のように思われている。

泣く子も黙る立海大テニス部の副部長ともなれば
硬派な部分が宇宙的に拡大されていて
もちろん今まで誰にもなびなかったという事実が伝説的に出来上がってる始末だから、
とても一女子生徒にうつつを抜かすなどという姿は誰にも想像できないのかもしれない。

もちろん本人だって真面目な性格が災いしてるのだろうけど
公私混同という言葉をただ単に校内と校外で分けてるだけなんて誰も思わないのかもしれない。


 「もう〜、ったら真田の顔を見るだけで
  こんなににやけてるんだから…。」

人のほっぺたを無理やり引っ張るだけど、
と言って、真田の自分だけに見せる優しい表情を教えるのはもったいないので、
ここはやはり我慢してに反論する気はない。


 「いいんだもん、私が好きなんだから。」

 「仕様がないわねぇ。」


真田は人前で甘い顔を見せたりしなくていい。

私と二人でいる時にだけ甘く囁いて、優しく抱きしめてくれればいい。

そうして学校では例え恋人にさえも甘い顔を向けてくれないと誰もが思っていても
ほんのちょっとでも私に向ける、誰にも気づかれないくらいの視線を感じる事ができれば
私はそれだけで秘密めいたドキドキ感に酔いしれる事はできるのだから。











        ********







 「真田?」

 「何だ?」

 「今の、さんだよね?」


幸村は俺の肩越しに小さく手を振るの姿に気づいたらしい。

 「ああ。」

 「付き合い出して3ヶ月くらいだっけ?」

 「…。」

幸村がクスクス笑いをかみ殺しているのがわかったが
敢えてその理由を尋ねる事はしなかった。

 「なんかさ、さんって健気だよね。」

俺が答えないでいると幸村は案の定、ずけずけと言い足してくる。

 「一応さ、真田の彼女なんだからもう少し優しくしてあげてもいいんじゃないの?
  部活に支障が出る訳じゃないんだし、
  俺だってそこまで無粋な事を言ったりはしないよ?」

 「…。」

 「そりゃあ、真田が口下手だとか、まめじゃないとか、
  そういう事分っていてもさ、今日みたいに誕生日くらい、
  彼女と昼休みを一緒に過ごしたって、たるんでる事にはならないと思うな。」


俺はむっと眉間に皺を寄せて幸村の言葉を反芻していた。

もちろん幸村に比べれば俺は言葉は足りないだろうし、まめでもない。

が喜びそうな事くらい思いつくのは容易いがそれを校内でする気にはなれないだけだ。


 「真田はさんの喜ぶ顔が見たくないの?」

 「幸村、俺だって男だ。
  あいつの笑顔は俺の宝物だ。
  見たくない訳がなかろう?」

 「だったら…。」

 「だがな、俺はあいにく独占欲が強いのだ。」

 「真田?」



がどんなに愛らしく笑うか、幸村に教える気になどなれる訳がなかろう?

はにかんで頬を染めて俺を見上げてくるあいつの笑顔を思い出すだけで
俺はどうにかなりそうなくらいドキドキしてしまう。

今すぐにでもその柔らかな体を抱きしめ髪を撫でてやりたい衝動に駆られる。


 「の幸せそうな顔を誰にも見せたくないだけだ。」

 「へぇ。」

 「なんだ?」

 「いや、もしかしたら凄く惚気てる?」

 「…。」


不意を突かれて耳まで赤くなっているかもしれない。

まるで異質なものを見てしまったかのように幸村の瞳が驚くままに見開かれ
次の瞬間弾かれたように幸村は腹を抱えて笑い出す。

俺は憮然とした面持ちで幸村を睨んだ。

といっても幸村に俺の眼力が効いた試しなどないが…。


 「ふーん、わざとやってる訳だ。
  へえ、俺たちに見せたくなくて?
  真田がねぇ〜。」

 「幸村!」

 「ふふっ、誕生日だもんね。
  それで?
  あとでゆっくり自分だけの幸せそうな顔を堪能するんだ?」


意味深に言われ俺はもう金輪際のことは幸村に語るまいと心に誓う。


だから嫌だったのだ。




 「真田、そんなに怒るなよ?
  今日の部活は早めに終わりにしてあげるからさ。」

 「…そんな気遣いは無用だ。」

 「あー、はいはい。」


まだ笑い続ける幸村には腹が立ったが
でも無用な気遣いも今日だけはありがたく受け取ることにしよう。


と二人で過ごす長い夜を思うだけで
俺はDな気持ちなのだから。










The end



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☆あとがき☆
 わあ、真田、バースデーCDおめでとう。
久々UPがこれでたるんどる!って言われそう。
ま、とにかくこれでいいや。(笑)
2008.2.23.