ターゲット ロック・オン
放課後。
部室に行く前に俺が必ずする事は
真田のクラスに寄る事。
この年にもなって男とつるんで仲良く部活に行くなんて
間違っても俺の趣味じゃない。
もちろん、真田の事が好きだから…なんていう、
誰かが誤って聞いたらとんでもないような事をする柄でもない。
俺の唯一の密かな楽しみがそこにあるから、って言うだけの事。
「あれっ、真田は?」
俺は道化のようにこんな陳腐な台詞を言わなきゃ、
君に会う事ができないでいるんだ。
多分、君は全然気づいてくれないけどね。
「あ〜、弦一郎なら日誌を置きに職員室。
すぐ戻ると思うけど?」
君の声が真っ直ぐ僕に向けられるのであるなら、
俺はどんな役者にでもなれるよ。
「じゃあ、待ってようかな。」
君の気を引きたくて紡がれる俺の言葉は空を切り、
君はちらりとも俺の事を見てはくれない。
頬杖を付いたままアンニュイな雰囲気で眺めてるのは
何かの雑誌だろうか?
長い髪をバレッタで無造作に止めてはいるけど、
白いうなじにかかる後れ毛は妙に俺を刺激する。
その首筋に唇を寄せたら君はどんな表情で俺を非難するのだろう…。
「何、見てるの?」
俺は柄にもなく、ためらいがちに君のそばへと近づいた。
「なんだっけ?
そうそう、『月刊プロテニス』。
特集に立海大が出てるって丸井君が持って来た。」
俺よりもそっちの雑誌の方が重要であるかのように振る舞うくせに、
肝心の雑誌の名前は君にとってはどうでもいいんだね。
「ああ…。ネットを使った妙技は全国でも彼の右に出るものはいない、
とかっていうやつだろ?
井上さんも口が上手いからなあ。
これに載ればファンレター急増とかって煽ったらしいよ。」
「そうなんだ。
確かにアイドル張りのカメラ目線だったけど。
私的にはお菓子でも食べてる方が丸井君らしくていいと思うんだけど?」
はそう言って口元に笑みを浮かべる。
「仁王君なんてコート上のペテン師なんて書かれてるし、
ジャッカル君なんて、4つの肺を持つ男だよ?
なんだか実像とかけ離れてて笑っちゃうな。」
「なんたって全国大会だからね。
いろいろ紙面を賑わせないと面白みが出ないんだろうね。
で、の気になる奴はこの中にいた?」
「さあ、どうかなぁ。
いろんな学校があって面白かったけど、
見た目じゃわかんないじゃない?
いい事しか書いてないし、カメラマンはいい写真しか載せないだろうし。
こういう記事だけじゃね。」
「ふーん。」
まあ、君がミーハーな子じゃないって言うのは知ってるけどさ。
もし気になる奴がいたら、全国で滅茶苦茶いたぶってやる筈だったんだけどな。
のそばに立って開かれてるページを覗くと、
意外にも立海大メンバーの前面で真田が腕組みしてる姿が、
見開き1ページにでかでかと写し出されていた。
月刊プロテニスの井上さんが来た時は
俺はちょうど生徒会の用事で遅れて行ったんだっけ…。
いくら副部長とはいえ、この扱いはちょっと大きすぎやしない?
いや、それよりもしょっちゅう一緒にいる癖になんでよりにもよって真田なんだ?
俺はちょっとブルーな気持ちになって、つい口走ってしまった。
「で、なんで真田の鑑賞なの?
見飽きてない?」
俺の言葉には不思議そうに首を傾げる。
「見飽きる?」
が聞き返してくる言葉がそのまま俺の胸を突き刺す。
―――失言。
そう、と真田が一緒に登下校する後姿ばかり見てきた俺は、
たとえ幼馴染と言うカテゴリーで括られた姿だと理解していても、
あの後姿に嫌気が差している。
多分、見飽きてるのはあの後姿。
そして見飽きてると思ってるのは俺だけ。
「幼馴染…だから?」
の言葉に俺は曖昧に頷くことしかできなかった。
こんな失態、どうかしてる。
絶対は俺の事を変に思っただろうな。
俺の凹んだ気持ちを知る由もなく、
はいくらか楽しげに真田のインタビューの記事を指し示した。
「いくら幼馴染でも知らない事もあるよ。
いつも一緒にいても、
こんな雑誌で始めて知る事もあったりして。」
「へ〜、どんな?」
俺はもう半ば自虐的な感じでの言葉を待った。
「ほら、ここ。
あり得ない筋トレで隆起した胸板はまさに王者の風格…。
って、弦一郎の胸板ってそんなにすごいのかなぁって。
そんな風には見えないんだけど…?
そりゃあ、年相応に見えないって言うのは納得なんだけどね。」
俺は脱力感で一杯だった。
いくら幼馴染っていったって、真田の胸板を知ってたらやばいよ。
いや、むしろそんな事知ろうとしないで欲しい。
本気なんだか、いやは真田の幼馴染らしく、
真田に負けないくらい天然だから本気で言ってるんだろうけど、
なんでそんな言葉を平然と笑って言えるんだろう?
の笑顔にグラッと来る俺は、
それでもが真田の胸に抱きついてるさまを想像して気分が悪くなる。
一緒に帰る姿だけでも俺にとってはダメージだと言うのに…。
「そんなに…興味ある?」
俺は一時でも凹んだ気持ちを奮い立たせ、
純真無垢な彼女を捉える事ができるなら、と
挑戦的にに笑いかける。
「あり得ない筋トレをやってるのは何も真田だけじゃないんだけどな。
っていうより、俺の方が数段筋トレやってるって知らないでしょ?」
俺はの半袖から伸びた細い腕を思い切って引き寄せた。
ぱさり、と月刊プロテニスが落ちた音がしたけど、
俺はそのままを胸の中に納めると、
彼女の肩を抱きしめた。
彼女の髪から甘い香りが漂う。
彼女の顔が見えないから少し不安だったけど、
俺は緊張して精一杯息を吸い込んだ。
何も言わないの頬が俺の胸に触れる。
君はどうしてこんな時まで冷静なんだろうか?
幼馴染の友達って言うだけで人畜無害って思われてる?
俺はもう自制できない自分と戦いながら
鼓動だけがテニスをしてる時より早くなっていく。
仕掛けたつもりが逆に罠にはまった感じだ。
俺はもうどうしようもないくらいが好きなんだ。
「さ、この状況わかってる?」
俺はなんとか優位に立ちたくて、
自暴自棄な気持ちを飲み込んだまま、の耳元で囁く。
「俺は、君の幼馴染じゃないんだよ?」
「わかってる。」
「えっ?」
「幸村君が幼馴染だったら、
こんな風にはならないと思うし?」
俺を見上げてくるの顔は別人のようだった。
俺はの何を今まで見てきたんだろう?
こんな艶っぽくて俺を捕らえて離さない瞳の強さを初めて見たと思った。
頼り気なく真田のそばにいる可愛いが好きだったけど、
今この腕の中にいる妖艶なは何倍も好きだと思った。
そう、多分一生俺は見飽きない。
「幸村君がそんなに弦一郎にヤキモチ妬いてるなんて思わなかったな。」
俺はの唇に吸い寄せられるように唇を重ねた。
俺の事を見透かしてるなんて、なんて素敵に悔しいんだろう。
彼女の腕が俺の背中に回される感触で、
俺は初めて彼女が俺に好意を持っていてくれたことを知る。
俺はクスクス笑いながら彼女の髪に顔をうずめた。
多分俺の方が顔が赤いかもしれない。
「参ったな。形無しだよ、俺。」
「でも。
そんな幸村君が好きだな。」
「最悪。」
「なんで?」
「だって一生の不覚。
好きな相手に先に告白されちゃうなんてさ。」
「じゃあ、私も最悪!」
「なんで?」
俺は額にかかるの髪を何度も優しくなでつけながら
の言葉を待った。
その漆黒の眼差しに俺はちゃんと映っているのだろうか?と
確かめるように顔を覗き込む。
「だって、好きな人に、まだ何も言ってもらってない。」
そんな可愛い事を囁くからついつい彼女の瞼や鼻筋や頬にキスの雨を降らしてしまう。
「俺も君が好きだよ、。
もうずっと前から好きなのに
なんだか君には負けたって感じだよ。
だけど…。」
「だけど、何?」
「俺が負けず嫌いだって言う事、
これからずっとわからせてあげるつもりだよ。」
そうして俺たちは深く深く、お互いの愛を見せ付けるかのように
何度もキスを重ねる。
君は俺を虜にする、たった一人の最愛の人。
来月号の『月刊プロテニス』にこんな見出しが出るのも悪くないかも。
立海大最強の男 幸村精市
彼に勝つのは彼女だけ!?
The end
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☆あとがき☆
2周年特別企画…のアンケートで
予想に反して(笑)幸村の人気が一番だったので
リクにお答えしてみました。
病気で弱々しそうだったり、
跡部と真田の対決に平然と割って入ったりと、
意外性NO.1のつかみ所のない奴ですが、
きっと本戦でもいい意味で期待を裏切ってくれると
信じてやみません。(笑)
どんな幸村でも私は全然オッケーですけど〜、
どうかこのサイトの幸村も温かい目で読んで下さいませ!(そこかよ!)
ではでは、ここまで読んでくださった皆様、
ありがとうございました!