バレンタンデー・キッス
「僕の彼女になってくれないかな?」
高校入学と同時に元3-6のクラスメートは
そんな突拍子もない事を
クラス表示の掲示板を見上げていたに
まるで何でもない事のように言ってのけた。
肩を並べて、「高校はクラス違っちゃったね」と
普通に話しかけてた所だったから
その全く脈絡のない問い掛けに
誰か別の人の会話が聞こえて来たのだろうかと
不二の顔を確かめてしまった。
「そんなに離れてもないけど。」
不二の表情はいつもと変わらない。
「でも一緒が良かったな。」
どうやらクラスが違ってしまった事に対する感想のようだった。
「そだね。」
が短く答えたらやっと不二がの方に向き直った。
「で?」
「ん?」
そこで満面の笑みを浮かべて優しい眼差しを向けるとは
確信犯の何物でもない。
「な・に?」
「同意してくれたと思っていいのかな?」
クラスが違って、選択科目も違ってしまって
委員会も同じになる事はなくって
もちろん部活動だって違うから
あの告白めいたものが有効だったとしても
中学の頃のような接点はまるで皆無に等しかった。
たまに廊下ですれ違えば「元気?」と
不二から声を掛けられるもそれ以上の進展もない。
自分はどういうスタンスを保てばいいのだろう、と
は再三自分に問いかけてみた。
けれど答えは見つからなくて。
あやふやなまま夏が過ぎ秋が過ぎ冬になり、
通り一遍の普通の年賀状が不二から届いて
初めてはそれを物足りないと感じた。
不二の申し出に拒否した覚えはないけれど
よくよく考えれば自分は明確に同意した覚えもないのだ。
もしかして不二は自分の返事を待っているのだろうか?
そんな悠長な?
「それでやっと私に相談?」
中学からずっとテニス部のマネージャーをやってるは
呆れたようにを見つめた。
いくら高等部のテニス部が中等部の頃より大変だとは知っていても
告白した不二が何の行動も起こさなかったのを不思議に思う。
「この1年、よく二人とも我慢していたわね。」
「別に我慢してた訳じゃ・・・。」
「ああ、うん、はそうね。
辛抱強く待ってたのは不二だしね。」
「やっぱり、そうなのかな?」
「じゃないの?」
つっけんどんに返すものの、
の能天気ぶりに不二が気の毒になる。
「で、告白する気になったの?」
「えっ、こ、告白?」
「だって普通はそうでしょ?
向こうが告白して来てるのに返事はまだ。
これはもう、バレンタインにちゃんと気持ちを伝えて
一からスタートするべきなんじゃないの?」
「一から?」
「いい機会だと思うけど?」
「でも、バレンタインの時ってテニス部は凄いじゃない?
渡せるかな、って・・・。」
確かに中学の頃もそれはそれは凄かった。
高等部になれば新たに外部生も加わる訳で
まして全国区に名を馳せたテニス部となれば
他校からのチャレンジャーも年々数を増しているように思う。
マネージャーであるにしたってその日は
チョコの受け取り代行で引っ張りだこに違いない。
「そうね、高等部は大和先輩もいるしね。
放課後不二をこっそり連れ出すのは無理かもね。」
「今だってクラス違うからなかなか会えるチャンスはないし。」
「まあ、でも、そうは言っても彼女なんだからさ。」
「えっ?」
驚くにはニンマリと笑みを返した。
「だって、不二にしてみれば
以外は彼女として見てない訳なんだからさ。」
「そんな事。」
「でも、不二にしてみればは彼女みたいなもんでしょ。
未だにうわついた噂の一つもないし、
他の子に目移りするはずなんてないのよ。
ああああ、そう思うとあんたたち、すごーく
もったいない事してるんじゃないの?」
は思いっきりため息をついた。
でもまあ、時間を掛けなければ目の前のふわふわした親友は
きっと不二の気持ちの十分の一にも追いつけず
付き合ううちに別の意味で深く悩む事になったのかもしれない。
こうして少しずつ自分の事を考えさせるように
押し付けはせずに不二は見守っていたのだと思うと
息の長いアプローチに舌を巻くほかない。
「とにかく、は不二の事が好き、って事なのよね?」
確認するべくを見つめれば困ったようにみるみる赤くなる。
「不二と付き合う覚悟はできたのね?」
「か、覚悟がいるの?」
「当たり前じゃない。
青学一のイケメンで、テニスの天才。
今年チョコを渡そうとしてる女子全員を敵に回す訳なんだからね?」
「ええっ!?」
「あの不二を独占するんだから当たり前じゃない。」
「そんなつもりはないっていうか・・・。」
たとえが女子全員を敵に回す気はなくても
不二と付き合えば結果的にいくらかは敵視される事は間違いない訳で
でもこれ以上困り顔のに追い打ちをかけるのも酷な気がする。
と言うか、せっかくのの一歩を尻込みさせる訳にはいかない。
こういうものはタイミングを逃せばいい事なしなのだ。
「そんな弱気じゃダメダメ。
そうとなれば後は行動力のみ、ね。」
「行動力って、何する気?」
「私は何もしないわよ。
するのはでしょ?」
「私?」
「そう。私はただちょっとの背中を押すだけ。
って、押しただけじゃすぐ止まりそうだから
とにかく行こう!」
さっさと自分との鞄を持つと
はの腕を取って一緒に立ち上がった。
「い、今から?」
「善は急げ、先手必勝!」
さすが運動部、なんてぼんやり思うは
それでもテニス部の部室が近づいて来るとやはり躊躇いがちになる。
中学の頃、何度も同じクラスになって
不二は他の女の子たちが思うように
だって普通に憧れの対象だった。
テニスの王子様、そんな代名詞がぴったりだったから
いつか彼の特別な女の子になりたいと思うのは
夢のまた夢、そんな風に思っていた。
この1年、好きだと思う気持ちは自覚できても、
そしてその気持ちを告白したとしても
それでもやっぱり自分が不二の特別になるのは夢のような話にしか思えない。
「不二!」
そう、例えば目の前のが不二を呼び捨てに呼ぶのだって
自分にはとても出来る訳がない。
快活で運動神経も良くて行動力のある親友の方が
よほど不二にお似合いのような気がする。
ちょうど部室に入ろうとする不二を呼び止めると
不二は少し驚いた風に立ち止まった。
「ね、少し話があるんだけど。」
「話って?」
柔らかくに向けて笑いかける不二には戸惑う。
話しているのはのはずなのに不二はしか見ていない。
「最初に言っておくけど、不二は何で私に相談してくれなかったの?」
の詰問に不二はおや?と言う風にやっとに視線を移した。
「に相談する事なんてあったかな?」
「ちょっと、それは酷いんじゃない?
私に言ってくれればもっと早くをここに連れて来てあげたわよ?」
「そうかな?」
「もちろんよ。
そうすれば不二だってこの1年無駄にしなくても良かったんじゃない?」
「別に無駄なんて思ってないよ。
僕は単に片思いをしていただけだし。」
「ああ、はいはい。
どうせ私が間に入ったら五月蠅くて敵わないとか思ったんでしょうよ。」
「何だ、分かってるじゃないか。」
二人が軽口をたたき合うのをはドギマギしながら聞いていた。
自分の事が話題に出て来ているのにまるでカヤの外のような
自分の方がお邪魔虫のようなそんな疎外感。
に嫉妬しているのかと思うと自分の器の小ささに眩暈がしそうだった。
「わかった、じゃあ私は消えるから。
後は不二が何とかするんでしょ?」
そんなの言葉に思わずはの制服の裾を掴んでしまった。
「もう、ったらそんな顔しないの!」
「でも、私なんかより・・・。」
「なあに? 私なんか、っていうの事をこいつは
好きだって言ってるんでしょ?
ほらほら、しっかりしてよ?
大丈夫、不二に泣かされる事があったら
私がただじゃおかないから!」
のほっぺたを遠慮なしにぎゅうっとはつねると
さっさとスカートを翻して部室に入って行ってしまった。
つねられた右頬をぼんやり撫でていると
不二が心配そうにの視線の中に入って来た。
「は容赦ないね?」
「あ、うん。
でも、みたいになれたらなって思う時がよくある。」
間近で見る不二の瞳に顔を赤くしながらが答えると
不二は困ったな、と呟く。
「僕はのペースに合わせるよ。」
「えっ?」
「君に背伸びをして欲しい訳でも
誰かのようになって欲しい訳でもない。
だから好きになったんだし。」
「・・・。」
固まるに不二は優しい声で続ける。
「は僕にどうしてもらいたい?」
「そ、そんな事思ってもみなくて。
ただ・・・。」
「何?」
「本当に、私の事が、すき、なのかな、って。」
「好きだよ。」
間違えようもなく、真っ直ぐに、真剣に
に向かって紡がれる言葉をは今度こそ
しっかりと受け止めた。
「は?」
「えっと。」
「僕の事・・・。」
促す不二にの顔は熱くなりっぱなしで、
それはもう不二にしてみれば分かりやすいくらいで。
「好き・・・です。」
「すごく?」
「えっ? えと、多分・・・。」
「多分なの?」
「あ、ごめんなさい。」
俯くに不二は笑い声を上げる。
「ごめん、ごめん。
僕こそこれじゃあ誘導尋問みたいだね?
いいよ、もっと好きになってもらうから。」
そしての目の前に手が差し出された。
「じゃあ、今日から僕の彼女としてよろしく。」
「わ、私も。よろしくお願いします。」
の手が不二の手によって握り締められた瞬間、
不二が近づいて来てにつねられた方の頬に
柔らかな感触がまるでスタンプのように残った。
見上げれば不二の悪戯っぽい目が嬉しそうに広がった。
「バレンタインには期待していいかな?」
「期待って?」
不二はの顎に手を掛けると
親指でそっとの下唇を撫でた。
呆然としているに向かって不二は
待っているよと囁くと部室の方へと歩き出してしまった。
不二の後姿を目で追っていたはずなのに
いつの間にか一人残されている状態に我に返ると
は、とても自分のペースに合わせてくれてないじゃない、と
毒づかないではいられなかった。
The end
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★あとがき★
バレンタインデーは
何年たっても好きな行事の一つです。
でもチョコを持って告白なんて
結構ハードル高いですよね〜。
なので不二君には
両思いだと分かっていて渡したいです。
2013.2.14.