雪だるまに愛をこめて
神奈川には珍しく前日の夜に降った雪で
校庭はまるでそこだけが雪国であるかのような素振りを見せていた。
校門から昇降口までは点々と足跡が重なっていて
雪に慣れていない生徒たちの慎重さが窺える。
日中気温が上がれば校庭の雪も
きっと下校頃には跡形もなく消えてしまうのだろうと思う。
それでもグラウンドは記録的な積雪で眩しいくらいの白さだ。
遠くの方では雪投げをしてふざけ合ってる生徒たちが見える。
きっと朝練に来たのに一面の雪で部活にならないのだろう。
なんて子供じみているんだ、とは思った。
電車が遅延するかもと思うから早めに家を出たのに
全然そんな事もなく、当たり前のように早く学校に着いてしまったから
何となく立ち止まってしまった。
そうしたら不意に肩を叩かれてひどく驚いてしまった。
「おはよう。そんなに驚くとは思わなかったな。」
きっと他の女の子だったら頬を染めて嬉しそうに挨拶を返すのだろうけど
普段から優等生的に無愛想なにはそんな芸当ができるはずもなく
ただむっつりと振り返っただけだった。
そんなを見ても屈託なく笑う彼は
きっと自分が相手にどんな風に見えてるのか分かっているのだろうと思う。
かっこいい人だとは思うけど自分とは世界が違う、
そんな風に思う彼は立海大の看板を背負うトップアスリートだ。
クラスメイトでなければきっとこんな風に
声をかけてくれる事もなかったに違いない、とは心の中でため息をつく。
「3月に雪が積もるなんて前代未聞らしいよ。」
まじまじと見上げれば寒そうにマフラーをきっちり巻いて
鞄を小脇に抱えすっぽりと両手をコートのポケットに入れてる姿は
ちょっと彼らしくない。
寒さなんて物ともしない感じがするからだ。
「、今日は早いんだね?」
「・・・電車が遅れるかもと思って。」
おはようの言葉も、別の言葉も言い損ねたな、とは思った。
「こっちも朝練は雪合戦になりそうだな。」
幸村はと並ぶとクツクツと笑う。
「幸村君が雪合戦するなんて想像つかない。」
「そう?やるとなったら本気でやるよ。」
あんな手ぬるいのじゃなくてね、と幸村は続けた。
視線の先はさっきの生徒たちのおふざけのような雪投げだ。
子供じみているとさっきは小ばかにしたけれど
幸村の本気の雪投げなら見てみたい、と思ってしまった。
同じものをやってもきっと幸村だと違ってしまう。
普通の事が普通でなくなる。
「幸村君が言うとただの遊びじゃなくなりそうだね。」
ぶっきら棒に言葉に出せば幸村は楽しそうに笑った。
「遊びだって中途半端じゃ楽しくないさ。
もやってみる?」
「何を?」
「雪合戦。」
隣に立つ彼をチラリと見上げれば
幸村は至極真面目な顔つきになっていた。
「私はやらない。」
静かに答えればそれは幸村の意に沿わない言葉だったらしい。
「何で?」
「私のキャラじゃないもの。」
幸村の視線がに落ちる前には彼を見るのをやめた。
心なしか彼の視線を強く感じるけれど
敢えて知らない振りを決め込んだ。
「キャラって。」
「大体そんな暇ないし。」
「って何でそんなに堅いかなぁ。
時には羽目を外すぐらい遊んでもいいと思う。
ガリ勉だけで楽しい?」
どうせ幸村には分からない。
テニスもプロ並みで、それなのに校内テストの順位も下がったためしがない。
休み時間も必死で勉強して、それでもやっとすれすれで
選抜クラスに居続けるとは大違いなのだ。
だから気を抜くなどの辞書にそんな言葉はない。
並んでいてもと幸村の間には到底敵わない境界線が存在する。
「少なくとも・・・私は楽しいわよ。」
「楽しい? 笑ってないのに?」
幸村の鸚鵡返しにはむっとした。
「どうせ私は無愛想です。」
「そうじゃないよ。
は本当に楽しい事を本気でしていないだけさ。」
「本当に楽しい事?」
それは雪投げの事を言ってるのだろうか?
あれを私にもやれと?
はもう一度向こうで雪の球を投げ合ってる男子たちを
ぼうっと見ながら考えていると
不意に幸村の両手がの肩を掴んだ。
お互いが正面を向く形となる手前で
幸村はの肩を強く後方へと押しやった。
何?と疑問を持つ前に
の体はバランスを失って面白いように容易く倒れた。
青空が視界いっぱいに広がって
背中からひんやりとした雪の優しい感触が広がって
初めては幸村によって雪の中へと倒されたと分かった。
「な、何?」
「どう?雪のベッドの寝心地は?」
ザクッと言う音が耳元でしたと思ったら
眼前に幸村の顔がある。
驚きは幸村が自分に覆いかぶさってる事実だった。
「ふ、ふざけないで?」
「ふざけてないよ?」
「ふざけてるでしょ?」
今までの会話をフルスピードで逆回転してみても
どうしてこんな状態になったのかわからない。
「俺は本気だよ?」
低く囁かれて、そして幸村がゆっくりとの前髪を持ち上げた。
両の瞳に吸い込まれるくらい見つめられている。
ざわざわとする胸の内が苦しいくらい波打ってくる。
幸村とは次元が違うと思っていたのに
彼は今こんなにもの近くにいる。
それ以上近づかないで欲しいと思うのに目が離せない。
「は本当に楽しい事から目を逸らしてる。
そろそろそれに気づいてもいいと思う。」
「そ、そんなのな・・・。」
「ここに、ある。」
「ない、ないよ、そんなの。」
「あるよ。引きずり出して見せようか?」
ゾクリと鳥肌が立つくらいに幸村の視線が鋭くなった。
何をされるのか分からない恐怖と共にほんの小さな期待が芽生える。
はそれを必死で抑え込もうと思った。
自分じゃない。
自分が望んでるんじゃない。
必死でそう思い込もうとしてるけど
近づいて来る幸村の唇をは受け入れてしまった。
「。」
囁かれる名前は甘美の音色。
「俺の事、本気で好きになってよ。」
もう幸村を好きな自分を誤魔化せない。
離れた唇に残された熱が体中に伝染する勢いだ。
「きっと楽しいから。」
にっこりと笑う幸村の後方から
幸村を呼ぶ声が聞こえて来ては例えようもなく恥ずかしくなった。
「幸村部長、何やってるんすか?」
赤也か、と後輩の名前を呟く幸村は軽く舌打ちをして立ち上がった。
そしてに手を伸ばすと軽々とを引き上げ、腕の中に閉じ込めた。
「何って、雪が多いから二人で転んじゃっただけだよ。」
幸村は軽く嘘をついた。
「部長もそれぐらいで滑らないで下さいよ。
大体普通は彼女をかばって男が下になるもんっすよ。」
「ははは。赤也も言うようになったね。
そうだね、次からは気を付けるよ。」
「で、部長、朝練はどうするんすか?」
「ああ、コートの雪かきかな。
赤也、先行ってていいよ。」
後輩を見送ると幸村はの髪や制服についてた雪をはたいた。
「寒くない?」
「う、ううん。」
もう今までのような無愛想な無表情には戻れなくて
はにかむように俯く。
「このままじゃ風邪引かせてしまうね。
部室においでよ。」
「えっ?」
「とりあえずあったまろうよ。」
幸村は自分のマフラーをはずすとの首元にそれをかけた。
「楽しい事はそれからだ。」
「楽しい事?」
「祝ってくれるだろう?も。」
「えっ、あ、うん。
誕生日、だよね?」
「さてと、それじゃあ行こうか。
早く行かないとでっかい雪だるまでも作りそうだしね。」
プレゼントが雪だるまだったらシャレになんないよ、と幸村は笑う。
「雪だるまかぁ。」
「何?」
「私も作ろうかな。」
「・・・。」
「えと、私は小さいのをね。
作ったら写メとって幸村君にあげる。」
「それは楽しみだ。」
幸村は快活にそう声を上げると再びを力いっぱい抱き締めた。
誕生日、おめでとう、と言う言葉が微かに聞こえた気がした。
The end
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★あとがき★
幸村、誕生日おめでとう!
今年はすっかり遅くなってしまいました。
でも捧げる愛は不滅です。
そして多分もう雪は降らないでしょう・・・。
2013.3.5.