部長の誕生日
「丸井先輩、あの、部長は?」
「幸村? ああ、まだ奥のコートで見てんじゃねーの?」
ボールをしまい終わって部室に戻ってきたら
部屋には幸村部長の姿はなかった。
隣のロッカールームから、ネクタイを手に持ったまま
仁王先輩が顔を出す。
「ま、そろそろ戻ってくんじゃろ、今日は。」
はドアの横に無造作に並べられてるプレゼントの山を見ながら、
やっぱり部長の数が一番多いなあとつい見惚れてしまった。
今日は部長の誕生日。
朝から届けられるプレゼントは
それでも部活で使えるものなら受け取るという、
幸村らしい歯止めのおかげで、
どうやら今年はタオルとかスポーツドリンクとかが主流らしい。
結局幸村よりも部員たちの手に渡る方が多いんだろうな、
と持って来た女の子たちには悪いけど、
マネージャーとしてはこういうプレゼントは大歓迎だとは思う。
コートに入ると幸村は自分にも他人にもそれこそ
1分の甘えも許さないほど厳しくなるのだけど、
普段の幸村は部室の窓の下のこぼれ種から生まれたであろう、
小さな雑草の花にさえ可愛いねと微笑む、穏やかな人だった。
およそ立海大の猛者どもを束ねる部長などと
普段廊下ですれ違う部長の姿には重ねられない程、
まだテニス部のマネージャー業に慣れないにも柔和な笑みを返してくれて、
なんて素敵な人なんだろうと胸をときめかせて来たものだった。
今日こそは1年分の思いを打ち明けよう
年に一度の自分の誕生日だというのに、
部活後にレギュラーだけで部長の誕生会をしようと
みんなが待ってるだろう事も承知のはずなのに、
今日も今日とて自分の練習後に女テニの指導にも手を抜かない幸村。
そんな幸村はとても人気があるけれどいまだに誰かのものではなくて、
噂は多々あれど、それでも誰かと付き合ってるという事実は今のところない。
「んじゃ、俺たちも先に行ってるけど
はどうするんだ?」
「あ、私は部誌に書き残した所があるので
それを書いたらすぐ行きます。」
「ま、幸村と一緒に来ればええじゃろ。
店はわかっとるんか?」
「あ、はい、仁王先輩。
行った事はないけど大体分かります。」
学校の裏手にある洒落たレストランを柳がつてで貸し切ったと聞いたのが先週の事。
部活後にそこで幸村の誕生会をする事になっている。
レギュラーの面々が出て行ってしまうと
はこっそりと自分の鞄の中から小さなプレゼントを取り出して
この小さなチャンスを手に出来た事を神様に感謝しないではいられなかった。
「あれ、さん、ひとり?」
ラケットを片手にドアからひょっこりと幸村が入ってくるものだから
は自分の中のラブゲージが天をも突く勢いで急上昇、
あまりの心拍数にいつものように元気な声が出ない。
「みんな先に行っちゃったんだね?
今、着替えるからもう少し待っててね。」
ニッコリ微笑む幸村はやっぱりかっこよくて、ついつい黄色のジャージを目で追ってしまう。
ロッカーを開ける音やジャージを脱ぎ去る音に過敏になりながら
は手の中の小箱を弄ぶ。
そう、渡すなら今しかない!
「お待たせ。」
誰かにメールをしていたのか、幸村が携帯の画面を見ながらロッカー室から出て来た。
はおもむろに立ち上がると、その勢いのままプレゼントを幸村に差し出した。
「ゆ、幸村先輩!!
あの、お誕生日おめでとうございます。
もし、もし良かったら、これ、受け取ってください!」
まるで温泉にでもつかっていたかのように真っ赤になりながら、
それでも勇気を振り絞って幸村の前に立っていた。
死ぬほど恥ずかしいというのはこういう事なんだろうと思う。
「うーん、まいったな。」
幸村の困惑したような言葉に涙が出そうになる。
「す、すみません…。
でも、でも、今しか言えないって思って。
先輩の事、尊敬してて、同じ部にいるのが嬉しくて、
でも、もっともっと一緒にいたくて…/////」
「うん、ありがとう。
俺もこんなに後輩に想われて嬉しいよ。」
ポンとの頭に手を置かれ、
やはり自分は後輩でしかないのだろうと頭ではわかったけど
はじかれたように幸村に抱きついてしまった。
こんな風に泣いたら先輩が困るだろうと思いながら、
でももしかすると優しい先輩の事だから、などと淡い期待とずるい考えも頭の隅にはあった。
「先輩…私、先輩の事が…。」
「ごめん、遅くなっちゃって!!」
突然ドアが開いて息を切らして入って来たのは、
その声で女子テニス部の先輩だとすぐにわかった。
「わっ、せ、精市?
な、なんか邪魔しちゃった?」
なぜか焦ってるのは先輩で、
でも幸村もじっとしたまま動かないから
妙な具合になってしまったと、は泣いていた事も忘れて
幸村から離れるタイミングを逃してしまっていた。
「いや、そんなことはないけど。」
「私、先に行ってようか?」
「いや、それは困る。」
きっぱり言う幸村の口調には涙を拭きつつ体を離した。
結局幸村はを突き放すような事はしなかったが、
自分は見事に失恋したんだとはっきりわかった。
「は筋金入りの方向音痴なんだから。
俺がいないとあそこには行けないよ。」
お互いに名前で呼び合う仲なんだ、と初めて知ったけど
それでも先輩が相手なら敵わない、とはため息をついた。
と、幸村がの手の中で少しつぶれかけていた小箱を取り上げた。
「さん、俺の誕生日を祝ってくれてありがとう。
君の気持ちはとても嬉しかったよ。
でも、俺にはもうずっと前から好きな子がいてね。
こればっかりはどうしようもないことなんだ。
でも、これはありがたく受け取るから
これからも俺たちのために部活、頑張ってくれるかな?」
幸村部長にそう言われたら、もう頷く事しかできない…。
外に出るとまんまるの月が校門までの道を照らし出していた。
先に歩く幸村先輩の背中を見るのはほんの少し辛かったけど、
また1年一緒に部活で一番身近にいられるんだからと自分を励ます。
と、ゆっくりと右隣を歩く先輩がこっそりの耳元で囁いた。
「ごめんね、さん。」
「えっ? な、何を言うんですか。
こっちこそ先輩の前であんな姿…。」
「ううん。でも、俺のために部活頑張って、なんて
精市も酷なこと言うなって思って…。」
「いえいえ、素敵な先輩たちに囲まれて
本当は誰よりも羨ましいポジションなんですよね、私。」
自分の事を気にかけてくれる先輩は恋敵なのに
なんでこんなに穏やかな気持ちで話してるんだろうと不思議な気持ちだった。
「それにしても先輩たち、いつから付き合ってたんですか?
私、全然気づきませんでした。」
が思いついたようにそう言うと、先輩はあら?って言う顔をした。
「私たち、まだ付き合ってないのよ。」
「はい?」
「3年の先輩たちが卒業して、精市の誕生日が来たらって約束してたから。」
「えっ!?」
「でも、待たされたのは俺の方だからね。」
たちの内緒話は筒抜けだったようで、
口を挟んできた幸村部長は拗ねているようだったけど
なんだかその様も普段の部長らしからぬ表情だったから
はぽかんと幸村部長を見上げてしまった。
「全く、俺は待たされ損だよな。」
「そんなことないよ。」
「レギュラーになったら、全国大会で優勝したら、
部長になったら、って一体いつまで引き伸ばしてきたんだか…。」
「うん? おかげで1年でレギュラーで、全国大会も2連覇しちゃったし、
天下の立海大テニス部の部長で、今やもてまくりだもんね。
精市、すごい!!
偉い、偉い!」
どこまで冗談なのか、先輩はクスクス笑いながら
両手でぱちぱちと拍手を送る。
「、茶化さないでよ。
俺は…。」
「でも春休みに入ったらすぐに合宿だし、
4月になったら新入生が入ってくるし、
また県大会に関東大会、ああ、今年も全国行きは確定だし、
3連覇なんてしたら甲子園も真っ青だよね〜。
マスコミが煩くなって、国民的アイドルになるかも。
その次は国体?世界選手権?
その次は…。」
指折り数え上げてる先輩はなんだか凄く寂しそうだと気づいた時には
幸村が後ろから先輩を抱きしめていた。
「もういいから…。
そんな先の事、考えなくていいから。」
まるで映画の1シーンのような光景には釘付けになり、
長い髪に隠れて見えなかったけど先輩の切なさがジンと胸に広がってきた。
自分は失恋したばかりだから、
二人のラブシーンは普通なら目にしたくない光景なのに、
なんだか二人を応援したくなる自分がいる。
でも何を言っていいのかわからない。
と、ふいにの視界が真っ暗になった。
頭上から落ち着いた低い声が心地よく広がってきた。
「精市、二人の世界に浸るのはかまわんが、
お子様には目の毒だぞ。」
「や、柳先輩!
誰がお子様ですか!」
「とにかく皆が待ってる。
は俺が連れて行くから…。」
「ああ…。 蓮二、すまない。」
「柳先輩は知ってたんですか?」
店まであと少しというところで並んで歩く長身の柳を見上げた。
相変らず何を見てるのかよくわからない先輩だけど、
幸村が頼りにしてる参謀だから、きっと何もかもお見通しなのだろう。
「ん?お前の片思いの事か?」
「えっ?うっ、や、やだ。
何言ってるんですか/////」
「図星だろ?」
「私の事はいいんです!
部長と先輩のことですよ。」
「俺に取れないデータはないからな。」
何気に自慢してるよ、と脱力してると、柳先輩はの頭にポンと手を置いた。
「ま、今日の誕生会はあいつらのためにあるようなものだからな。」
「そうなんですか?」
「一体いつになったら付き合うのかといじましいぐらいだった。
それでも付き合うことで、練習に身が入ってないだの、
試合の結果がよくないなどと3年の先輩たちに言われるのを
が極端に気にしていたからな。
3年が卒業するまでは我慢していたのだろう。」
「凄いですね。」
「といっても、俺たちにしてみれば精市はなんだかんだと言っては
女テニの指導をしに行ってたからな。
表向きは付き合ってなくとも、あいつはちゃっかりメールで示し合わせては
一緒に帰ってたりしていたぞ。」
「全然気づきませんでした。」
「マネージャーのくせにお前の目は節穴なんだな。」
「余計なお世話です!」
「そんなのだから、お前の事を近くで見守ってる奴の事なんか
はわからないのだろうな?」
「えっ!?」
「やれやれ、今度は君達の方が店の前で何やってるの?」
いつの間にか追いついた幸村に冷やかされては顔が赤くなっていた。
今日は散々な日だったけど、幸せそうな先輩の顔を見たら、
自分にも春が来そうな予感がしてきた。
「さあ、俺の誕生日を祝ってもらおうかな。
未来の奥さんも一緒にさ。」
精市のバカ、と先輩が呟くのを聞きながら、
まだまだ先輩たちの事、何も知らないんだなって思ってしまった。
明日からは幸村部長や柳先輩の事、
徹底的にマークしなきゃ、とは心の中で誓うのだった。
幸村部長、じゃなくて、先輩、お幸せに!!
The end
Back
★あとがき★
なんか普通のBDものじゃないのがいいな、と
思ったらへんてこな話になってしまった…。
やっぱり間に合わせはいかんよ!!(笑)
それでも一応 Happy Birthday!
2007.3.6.