恋愛生誕日







のお気に入りのカフェテラスは
通りを行き交う人を眺めながらぼうっと過ごすには最適の場所だった。

3月になったとは言えまだまだ寒くて
余程気合の入ったデートでもなければ
季節先取りの春ファッションはバカバカしく映る。

今年は花粉の飛散も早いらしくて
白いマスク姿もなんだか当たり前のように見えるから不思議だ。

別に花粉症ではないのだけどは極度の寒がりだったから
お決まりの普通の白マスクで、顔に冷気が当たるのを少しでも防ごうとしてたし
その上からファーのマフラーを更に常備するから
友達には散々馬鹿にされるけど未だにやめられない。

だから、彼氏のために薄着をする女の子を見ると
頑張ってるなあって思う。

今の所、薄着をして頑張る理由がには見当たらない。

ただそれだけ。


 「あーあ。なんか女子校って思ってた程もてないね?」

隣でストローを咥えてゆらゆらさせながら親友のがため息をつく。

 「でも神奈川では制服が一番可愛い高校なのにね。」

 「そーそー。私もそれでついコロッと志望校変えちゃったんだよねぇ。」

 「デザインは可愛いのに膝上禁止なんだもの、
  悩殺的にはならないっしょ?」

はコーヒーサンデーのアイスをグチャグチャとかき回す。

見た目はアレだけど、お腹に入ってしまえば同じだから
可愛い子ぶって一匙ずつアイスだけを舐めるなんて事はしない。

まあ、その辺がもうモテタイっていう次元からかけ離れてる気もするけど。

 「うち、校則厳しすぎだよ。
  お隣の立海大付属なんて偏差値高いくせに校風が自由なんだよね。
  おまけに共学だし。」

 「え〜、うちだって一応偏差値は高いじゃん。」

 「そういうなんて立海大はやめたじゃん?」

 「推薦で決まっちゃったしね。」

カラカラと笑って見せたけど
今は立海大の一般入試を受けてもよかったかなって少しだけ後悔している。

別に女子校が嫌だとかそういう訳じゃない。

女の子ばかりの気楽さは結構楽しい。

男子がいない分、変に媚びたり嫉妬したり競争したりっていうのがないのが
とてつもなく平和だなって思う。

ただ学校内で適当に見繕うって言う恋愛に欠ける分
外で見つける労力を惜しまなければいいのだろうけど
なかなかそういう出会いって言うものがごろごろところがってない
という現実には閉口してるだけで。

 「でもま、ドロドロがないだけ平和だよね?」

昔を知ってるはほんの少し慰めてくれる。

 「そう言えば愛美は立海大によく行けたよねぇ。
  年末辺り、合格ラインぎりぎりで泣いてたのにね。」

 「うん、まあ、彼女は彼女なりにあれで努力家なのよ。」

 「うわ、たら敵を褒めちゃう?」

 「いや、まあ客観的に見れば競争心って
  向上心と変わんないからね。」

 「まーねー。だけど周りはみんな騙されてたよね。」

はストローを人差し指と中指で挟むと
まるでロングタイプのタバコをふかす様な真似をして見せた。

それが滑稽だったからつい笑ってしまった。

 「ほんと愛美ってやな奴だったよね?
  のこと目の敵にしててさ。
  テニスだってが入ったから入部したんだよ?
  全然上手くなんかなかったけどさ。」

相澤愛美は中学の同級生だった。

いつ頃から始まったのかにはとんと記憶がないのだが
事ある毎にに敵対心を燃やし、
そんなに嫌っているなら近づかないで欲しいと思うのに
常にのテリトリーを侵略しようとして来る。

その彼女がテニス部に入って来たのも驚きだったが、
自ら部長に立候補し副部長のを初め、女子テニス部内を引っ掻き回し
結局団体戦で有終の美を飾れなかったという
忌まわしい過去は今思い出してもやり切れない。

それだって男子テニス部の部長がに気があると知っての
ある種のやっかみだったとは憤慨する。

の方は全然そんな気はなかったというのに。

そしてが立海大を志望したと聞くと彼女のターゲットは立海大に変わった。

が今の聖隷女子学院に志望を変えたのは
彼女の存在があったからだとは言えなくもなかったが
立海大の次に候補に考えていた学校だった。

女子校と言えど、テニスのレベルは女子テニス界では常にトップクラス。

施設だって立海大の女子テニス部に遜色ない。

そのテニス部内では個人でも全国大会上位入賞者なのだから
来年度の選抜合宿では文句なく推薦されるだろうと顧問の先生から言われている。

それは今から楽しみの一つでもあった。

 「そう言えば、愛美って立海大の男子テニス部のマネでしょ?
  まあ選手で通用するレベルじゃないもんね。
  だけどマネやるなんてさ、あの子も変な所がマメよね?
  きっと落としたい男がいるんだよ〜。」

そんな風に続けるの言葉には幾らか気持ちが萎える。

去年、全国大会の会場で見かけた立海大テニス部で
彼女の姿を見かけた時、は言いようのない絶望感に見舞われた。

彼女と同じ舞台に2度と足は踏み入れたくない。

彼女の存在を避けて通るなんてバカバカしいと思いながら
自分のせいで周りを面倒な事に巻き込みたくはないという思いの方が
経験値として彼女の足を竦ませただけだった。

本当はもっと近くで彼のテニスを見たかったのだけど。




 「うわっ!」

突然驚いた声を出すも視線を上げると
今まさに噂をしていた愛美の姿が通りの向こうにあった。

彼女の周りにはテニスバックを担いだ数人の男子がいたから
それが立海大のテニス部だという事はすぐにわかった。

愛美が一生懸命愛想を振り撒いてるのが何となくこちら側にも伝わって来るが、
の目を引いたその男子学生が、興味なさ気に視線を不意にこちらの方へ向けるものだから
は反射的にグラスを持ち上げると俯いたままその中の氷をストローでつついた。

 「ねえねえ、、見てみなよ?
  立海大のテニス部ってみんなかっこいいよ。
  あー、なんか悔しいなあ。
  あのメンバーに囲まれてる愛美を見るとほんと腹立つなぁ。」

の気持ちなど知るはずもなくの腕をつつくと
ガラス張りの向こうを見ろと言わんばかりだった。

 「ねえねえ、何かこっちに来そうだよ?」

の言葉にはえっ?と聞き直す。

彼を間近で見たいという願望はあるものの
相澤愛美に自分の淡い恋心を感づかれてしまうのは非常に気まずい。

というか絶対嫌だ。

どんなにポーカーフェイスで応じても
彼が間近にいればどうしたっての気持ちは平静ではいられない。

千載一遇のチャンスだからこそ、
その思いを愛美に悟られるのだけは嫌だった。

 「、もう出ない?」

 「えっ?何で?」

嫌悪感の度合いで言うならの方が圧倒的により強いはずなのに
性格的に好戦的なは先に店にいる自分たちが
どうして愛美の出現でこの空間を譲らねばならないのか、と思っているようで、
近づいてくる立海大テニス部を興味しんしんで観察しているには
の微妙な気持ちなど気にはならないらしい。

 「ここはさ、愛美に先制を仕掛けない?
  あの子、絶対あいつらの前では猫かぶってると思うからさ、
  面白い事になりそうじゃん?」

眼を爛々と輝かせてるはため息をつくしかなかった。








 「愛美! 久しぶり〜。」

店に入ってきた愛美たちにが勢いよく話しかけると
愛美がぎょっとするような顔で立ち竦むのをはいたたまれない気持ちで眺めていた。

中学の頃より格段に明るくなっている髪の色と
ほんのりと色づいた唇が愛美を以前よりきれいに見せていると思った。

愛美はかつてのチームメイトの出現に明らかに動揺し、
どういった笑顔を浮かべればいいのか分からないと言った表情だった。

そんな愛美にが気持ちの上で優位に立ったのがにも分かった。

 「愛美ったら本当に立海大に入ったんだね。
  その制服、似合ってるじゃん?」

の言葉に立ち尽くす愛美の代わりにそばにいた
ガムをくちゃくちゃと噛んでる男の子が人懐こそうに答えた。

 「何、お宅ら相澤の友達?
  ってか、聖隷の子じゃん、そっちの制服の方がめちゃくちゃ可愛いぜ?」

 「わあ、お世辞でも嬉しい。
  あなたテニス部の人?
  愛美もテニス部なの?
  立海大って強くて有名だけど
  愛美がテニス続けてるなんて信じられない。」

愛美がマネージャーだと知っててはそんな風に続けた。

愛美の顔が見る見る歪んでいくのがわかった。

 「ああ、相澤はうちらのマネ。
  何、お宅らひょっとして元中のテニス部つながり?
  相澤はテニス上手かったんだろぃ?
  なんか腰を痛めて今はマネやってるんだけど知らなかった?」

 「へぇ〜、腰を痛めて、ね。」

意味深に嫌味なくらい鸚鵡返しの
は、もうその辺で止めなよ、と口を挟もうとしたのだが
その前に真上から少し呆れたかのような声が降って来た。

 「どうでもいいけど、話なら座ってしない?
  入口付近じゃ他の人に迷惑だよ、ブン太。」

 「ええっ、俺かよ?」

 「君たちも一緒にどう?
  相澤の友達なら別に構わないよ。
  一人二人増えたってどうって事ないし。」

 「へぇ、幸村、珍しいじゃん。」

ブン太と呼ばれた子が驚くように呟くのを聞きながら
見上げれば緩めのウェーブをさらりとかき上げた幸村は
ににこっと笑いかけると自分はさっさと奥のテーブルに歩き出す。

 「えっ? ちょっと、幸村君!」

非難めいた口調の愛美と同時に
も思わず幸村の制服の端を掴んでいた。

 「あの・・・。」

引き止めてから一体何を言うつもりだったのか
は自分の行動に呆れながらも取り敢えずごめんなさいと謝った。

 「私たち、その、ご一緒させていただく理由がありません。
  だから・・・。」

 「相澤の友達なんでしょ?」

不意を突かれたと言うのはこういう時を言うのだろう。

一瞬鋭い眼差しに射竦められて、何て答えて良いか分からなくて困った。

友達と言ってあげた方が良いのだろうと思うのに
演技もできない自分は案外優しくないのだと自覚する。

 「そんな困った顔をしないで?
  無理して答えなくて良いよ。
  相澤の顔を見ればちっとも懐かしがってない事くらいわかるから。」

屈託なく笑う幸村が愛美を振り返ると彼女は怒ったように顔を強張らせていた。

 「相澤もいいよね?
  仲がいい友達じゃないにしてもさ、
  声を掛けてくれる位の関係は昔あった訳だろ?
  そっちのお友達もどうかな?」

 「えっ?」

思ってもみない展開にもびっくりしていて二の句がつけない。

 「実を言うと今日さ、俺の誕生日なんだよね。
  S女のさんが祝ってくれると、俺としては凄く嬉しいんだけど?」

教えてないはずの自分の名前が幸村の口から出て来て
は再度目が点になる。

 「何で? 私の事、知ってるの?」

 「ふふっ、何でだろ?」

 「幸村、いい加減奥に行くぞ?
  何だか知らんがこんな所で待たされる身にもなって欲しいな。
  相澤、お前も早くしろ。」

帽子を被った人に促され、愛美は他のメンバーと共に予約席らしい
奥の部屋へと向かって行ってしまった。

ちょっと怖そうな人だったけど
愛美が何となく大人しく付いて行く様が不思議に思えた。

昔の彼女ならとっくにに突っかかる所を彼女は我慢していたんだと思った。





 「なあ、俺たちも行かねぇ?
  幸村が誘ったんだから誰も文句言わねーからさ。
  それにここのケーキ、すっげぇ美味いから食ってけよ?」

 「ええっ?いやそれはちょっと・・・。」

強気だったが言いくるめられてる様も
他人事のように見えてなんだか可笑しかった。

 「いいから、いいから。
  お前な、人の好意は無駄にするもんじゃねーんだぜ。
  何たって幸村の奢りなんだぜ?
  な、別々の種類頼んで味見しようぜ。」

ブン太に強引にまで引っ張って行かれ
後に残ったは困惑したまま幸村を見上げた。

幸村はニコニコと嬉しそうにを見ている。

それがとても決まりが悪い。

 「ブン太はケーキが食べたい一心だから心配ないよ?
  それとも俺の方が心配?」

覗き込まれるように端正な顔が近づいて来るものだから
の頬にほんのりと赤みが差してしまう。

 「うん、まるっきり脈なしでも無さそうで良かった。」

 「えっ?」

 「全国大会の時に君の試合を見たんだ。
  そこで一目惚れ。」

 「うそ?」

 「君のテニスプレーに一目惚れしたんだ。
  で、うちの参謀に調べさせてさ。
  そのうち選抜合宿で会えたらその時ナンパしようと思ってたんだ。
  まさか今日会えるとは思わなかったけど。」

ああ、何だテニスの話かと思って落胆したらクスクスと笑われた。

 「さんってからかいがいがあるね?」

 「私、からかわれてるんですか?」

 「ううん。俺、本気。
  さんとテニスもしたいけどもっと違う事もしたい。
  でもね、みんな待ってるから取り敢えずケーキ、一緒に食べない?」

何だか凄く変な事になってしまったけど
もしかしたら次の休みには自分も頑張っておしゃれして
幸村の隣を歩いているのかもしれないと、
幸村の差し出した手にも自分の手を重ねた。

そして密かに憧れていた彼の誕生日を一緒に過ごせることが出来た事を
二人の友達に感謝しなければと心の中で思っていた。













The end


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★あとがき★
 幸村、お誕生日おめでとう。
4日に新テニスの王子様が復活し
今年は本当に心から晴れやかな気持ちでお祝いできます。
願わくば来年も再来年も一緒にケーキが食べたいです//
2009.3.5.