勿忘草の誕生日
「ああ、あった。」
私は何気に見ていた図書館の本棚からその本を取り出した。
別にそれを知りたかったという訳じゃないけど
ただなんとなく、今年ない日の事を考えていたら
たまたま思いついて手が伸びただけの事だった。
誕生石があるんだから誕生花もちゃんと載ってる訳で
だけどその花が月毎ではなく、日毎に載ってるなんて知って
無駄に驚いてしまった。
「2月29日っと、 ・・・誕生花は勿忘草。
花言葉は私を忘れないで、か。
ふーん。」
そう、その意味を知ったところでふーんっていう感じ。
意味なんてどうせこじつけなんだし、
知っているからってだから何?って感じだし。
「毎年ないから私を忘れないでって事な訳か。
でも、うちじゃあ忘れようがないって気もするけど?」
独り言に自分でも笑っちゃうけど
今年は閏年じゃないから2月29日はない。
けれど29日生まれの人がいて
その人が超がつく有名人だから
知りたいと思わなくても生年月日から血液型、得意科目に
好きな食べ物まで何でもみんなが知っている。
私だって本人から聞いた話なんて結局一つもない。
いつの間にか知ってるんだからそれって凄い事だと思う。
日本の天皇と話した事がなくても天皇誕生日を
全国民が知ってるのと同じ状態だと思う。
あ、でもそれって青学限定かな、もしかして?
「えっと、一日前に生まれてたらヘリクリサムか。
聞いた事ないな。
花言葉は不滅の愛。
・・・よかったね、28日生まれじゃなくて。
不滅の愛なんて持ってたらなんかやだよ。」
「何、それ?」
誰もいないと思っていた書架の奥で
私の背中に不意に圧力がかかって来て思わずよろけそうになる。
羽交い絞め状態に覆いかぶさって来られては全く身動きが出来ない。
それよりどっちかって言うと首を絞められてる気がする・・・。
「しゅ、周助!
ちょっと重い!!
ってか、苦しい。」
「何でこんな所に隠れてるのかなぁ〜?」
語尾を必要以上に延ばして疑問系の甘い台詞は
顔を見なくても彼が怒っているのがわかる。
うん、顔は見なくても笑ってるよ、絶対。
だけどその笑顔に騙されたらいけない。
「僕の事、わ・す・れ・て・ない、?」
意地悪そうにそう囁かれては慌てて誤魔化すしかない。
「忘れてない、忘れてない。」
「じゃあ、何で一人で隠れてるの?
こんないい所にいるんなら教えてくれてもいいと思う。」
「だって周助と一緒じゃ目立ちすぎてどこにも行けない。
大体私だって、朝から迷惑してるの。
こっちの身にもなってよ。」
恨みがましく正直に言ったら
首元はさらに絞まって来て涙目になりそうになった。
「どの口がそんな酷い事を言うんだろ。」
彼は私の持っていた本を取り上げると
適当な棚の隙間にそれを押し込み
私の肩に手を掛けるや無理やり私の体を反転させる。
その顔を見ればやっぱり笑ってる。
笑ってるけど眼は全然笑ってない。
「こっちの身?
僕の心配はなし?」
どうして私が責められてるんだろう?
それはちょっと理不尽だ。
「えっ?
何の心配?」
恐る恐る問い直せばやはりその質問はお気に召されなかったらしい。
今やすっかり口元の笑みも失われてる。
不機嫌な不二周助ってきっと誰も見た事ないんだろうなあ。
それが彼女の特権ってもんでしょ?って菊丸に言われた時は
まじで勘弁して、って思った。
私の彼氏は青学テニス部レギュラーの不二周助。
手塚と並んでその人気たるや、芸能人並。
あの容姿に天才と言われるテニスの技術に
そして誰からも好かれるような優しい笑みと物静かな口調に
女子生徒たちは完全に魅了されてる。
私と周助が付き合いだしてもその人気は衰えない。
と言っても私たちの関係が変わった事を知っているのは
ごく一部の人しか知らないのだから仕方ない。
青学レギュラーとマネージャーと言う関係が長すぎたから
そっちの方のイメージが強すぎて他人には分かり難いらしい。
最も私だって公言して歩いている訳じゃないし
クラスも1組と6組は階も違うから
普段からそうそうくっ付いて歩いている訳でもない。
どちらかというと同じクラスの部長の手塚と並んで歩いている方が多い位。
まあ、周助にしてみればそっちの噂が出るたびに凄く嫌な顔をするけど
それも仕方ないと思ってる。
だから今日だって28日は本当の誕生日ではないけれど
不二周助宛の誕生日プレゼントを持って来る女の子たちが
あまりにも多いから私は図書館に逃げ込んでいただけだ。
芸能人のマネージャーって訳じゃないのに
なんだかお手軽にプレゼントを押し付けてくるから困ってしまう。
「に貰う前に他の女の子から貰ってもいいって言うの?」
えっ、べつにいいけど?
と、いつもの調子で答えそうになって
周助の視線に言葉を遮られる。
口に出したら本気で喉元を締め上げかねない。
多分しないと思うけど、
しそうな位の怖さを彼は持っている。
だけど長年身近で彼らの人気振りって言うか
当たり前のようにチョコやプレゼントの橋渡しをしていた身としては
周助が他の子から何かを受け取ってもあまりヤキモチもわかない。
彼女である前に私もレギュラー陣の一ファンなのだし。
周助自身がプレゼントを受け取ってくれれば
何も問題はないと思う。
「こ、これでも考えたの。」
「何を?」
「だってバレンタインの時、みんなからチョコを預かったら
周助、すごく怒ったでしょ?
だから今日も受け取ったら怒られそうだったし、
でもいちいち断るのも大変だから、
だからここに隠れて・・・。」
必死の弁明も周助には効果がなかったらしい。
「には立派に断る理由があるよね?」
「いや、だけど、実際・・・。」
「あ・る・よ・ね?」
いやもう怖すぎです。
周助の唇から息がかかるのが分かるくらいの近距離なのに
見つめ合ってるこの状態は全然甘くない。
蛇に睨まれた蛙状態?
「じ、じゃあ、周助が・・・断って。」
私はとうとう敗北宣言をしてみた。
それはもう周助に、自分には彼女がいるから
今年から誕生日プレゼントは受け取れない、って
公言していいという口約みたいなもの。
「もちろん、がそうしてって言うなら。」
「言わせてるくせに・・・。」
「またそんな事言う?
が言いにくい事を僕がやるんだよ?
僕はのためだったら何だってするつもりだよ。
僕はを愛してるからね。」
そこでニッコリと極上の笑みを向けるのは止めて欲しい。
絶対計算づくでやってるとしか思えない。
他の子同様、私だってこの周助の笑顔が好きなのだから。
「もう! 試さないでよ///////。」
「だってはあんまりヤキモチ焼いてくれないし。
僕の愛は不滅なのにさ。」
「へっ?」
「ああ、それは28日生まれだっけ?
まあ28日から29日は僕の誕生日みたいなものだし。
どっちにしてもへの愛は無限大だからね?」
さっきの本を見ていたのか、と思って唖然となった。
とたんに不滅の愛が重みを増して私の体を束縛してくる。
両肩に置かれていた周助の手はいつの間にか
私の頬を包み込んでいて、鼻先と鼻先がくすぐるように擦り合わされて、
私は天敵に追い詰められた小鳥のように息も出来なくなる。
彼の愛を受け止めるにはいつも膨大な緊張を伴うのだ。
それを知っているくせに周助はそれ以上私たちの間の距離を縮めない。
そのもどかしい距離がじれったくって
私の顔は熱病に浮かされたように火照ってきている。
なんだかこれじゃあキスしてって私がせがんでる様で
そんな間抜け面を恋人に晒してる自分は尚更恥ずかしいのだけど
こうなった以上は周助のなすがまま、なのだ。
「ねえ、まだから言ってもらってない。」
全く周助には敵わない。
こんな風に甘えた口調で言われてしまうと
さっきまでの怖さはどこへやら
まるで魔法にでもかかったかのように
彼にもありったけの愛を注がなければいけない気持ちにさせられる。
「・・・おめでとうって?」
「うん、そうだね。
でももっと感情込めてくれなくちゃ。」
「誕生日、おめでとう。」
「それだけ?」
「・・・う、生まれて来てくれてありがとう?」
「何で疑問系?」
「だって、何て言えばいいか。」
「だからそういう時は・・・。」
愛してるって言って欲しいんだよ、って囁かれて
周助の唇がやっと私の唇に触れてきた。
もうそれは待ち焦がれていた熱で。
ここが図書館の奥の書架だなんて事も
図書の先生がカウンターにいた事も
二つ先の書架には後輩の図書委員がいた事も
もうどうでもよくなっていて。
いつの間にか私も周助の背中に腕を回して
ぎゅうっと抱きついていた。
忘れないで。
僕がの恋人である事も
が僕の恋人である事も
誕生日の度に忘れないでいて。
それが一番のプレゼントになるから。
周助の言葉がテレパシーのように私の頭の中に入って来て
私はキスの合間に頷くことしか出来なかった。
The end
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★あとがき★
不二君の誕生日、今年で5回目を迎えることが出来ました。
私、最初の頃の気持ち、忘れてないかな?(笑)
自戒を込めて・・・大好きな気持ちを不二君に。
2009.2.28.