チョコレート疑惑  忍足Vr.









嫌になってしまう。

ただでさえ昼休みなんてそんなに時間がある訳じゃないのに
美化委員の集まりだなんて、それも今日に限って清掃道具の点検なんて、
少ない休み時間にそんなまどろっこしい事をやらされたから
5時限目が体育だって事に気づいた時は予鈴の鳴る5分前。

それも第2体育館は第1体育館より離れてるから
慌てて体操着を取りに教室に戻った時には誰もいなかった。

着替えてたら完璧遅刻じゃん、と思いながらも
教室の後ろのロッカーから手作りの袋を取り出す。

可愛いクマのパッチワークは私のお気に入り。

昼食後の全速力は体に悪そうだけど文句も言ってられないと
机と机の間を走り抜けようとしたら
体操着入れの袋が跡部の机の上の包みの山を崩して
小さな包みが嫌になるくらい大きな音を立ててパタパタと床に落ちて行った。

 「全く、何なのよ、これは。」

文句も言いたいけど、誰もいない教室だからこそ置き逃げができる訳で、
本人に手渡せないチョコたちが申し訳なさそうに肩を寄せ合っている。

毎年見る光景とは言え、これを持って帰る跡部も大変だなと
とにかく散乱したチョコを拾ってまた机の山に戻す。

最後のひとつを取り上げて、ああ、これ、
雑誌か何かで取り上げられていた予約限定のレアなチョコだ、
としげしげと見ていたら、不意に教室のドアがガタンと音を立てた。

別にチョコを盗もうだなんて思っていた訳じゃないから
やましい事なんて何一つなかったのに
ついぎくりと慌てふためいてその袋を跡部の机の中に押し込んだら
物凄く怪しい視線を感じた。


 「何やってんねん。」

振り返ると去年同じクラスだった忍足が立っていた。

 「忍足こそうちのクラスに何か用?」

そう切り返してみたのに忍足は答えない。

時計を見ればもう完全にアウトだ。

仕方ない、体育の先生には謝り倒すしかない。

忍足の脇をすり抜けて廊下に飛び出そうとしたら
なぜか忍足が私の腕を取って引き戻す。

 「な、何?」

 「ちょい待ち。」

腕を取られたまま忍足の顔を見上げたら
何だかわからないけど機嫌悪そうだと気づいた。

この長身・眼鏡の大人っぽい忍足は
人に合わすのがものすごく上手い陽気な関西人。

気軽に誰とでも話せるから女の子の友達も多いけど
忍足が意外に頑固で気難しくて一旦機嫌が悪くなると
相棒である向日が泣きついて来る程むっつりと冷たくなる。

今がまさにそんな視線。

 「忍足?
  私、次体育なんだけど?」

やんわりと小声で言ってみると忍足は憮然としたままゆっくりと腕を放してくれた。

だけど思いっきり不機嫌な声が教室内に木霊した。

 「リーダーの教科書、貸してや。」

 「えっ?」

 「しかおらへんのやろ?」

 「まあ、そうだけど?」

私はしぶしぶ自分の机の所に戻ると
かがみ込んで机の中を引っ掻き回す。

無常にも予鈴が鳴り響いて私は軽くため息をついた。

 「あ〜、全くもう。
  体育、サボろうかなぁ。」

 「・・・なあ、。」

 「ん?」

 「お前、跡部の事、好きやったん?」

 「何、それ?」

私は机の中の教科書を椅子の上に引っ張り出しながら生返事をする。

薄っぺらなリーダーの教科書がなかなか出て来ない。

ああ、さっきの、完璧に勘違いしてる、って思いながら。

 「さっきの、あれや。」

 「だからさ、跡部のとこのチョコを落としちゃったから
  拾ってあげただけなんだよね。
  山積みになってるの、わかるでしょ?」

目当ての教科書を探し当てると私はしゃがみ込んだまま振り返った。

 「私さ、この世の中に跡部と忍足しかいないってなったらさ、
  きっと忍足選ぶよ?
  間違っても跡部はごめんだな。」

そして薄く笑いながら教科書を差し出したら
忍足は私の腕を掴んで引き上げると
そのまま私をその腕の中に閉じ込めて来た。

まさかそんな事をするとは思わなかったから
思いっきり顔を忍足の胸にぶつけてしまった。

なんだろう、忍足、何がしたいんだろ?

 「お前、それ、わかってて言ってる?」

 「えっ?」

 「には敵わんわ。」

痛いぐらいにぎゅっと抱きしめられて初めて
忍足の鼓動の早さに面食らってしまった。

 「ちょ、ちょっと、何やってるのよ?
  授業、始まってるんでしょ?」

 「そうやね。
  でも、嬉しいやんか?」

 「はぁ?」

 「やって、と二人っきりになれるチャンス、
  なかなかないんやし。」

ぎゅうぎゅう抱きしめられて、私の肩に顎を乗せる形で
最も近い場所で甘い声を出す忍足に
私の心臓も100mダッシュの後のようだ。

 「ねえ、こんな事してたら怒られるよ?」

 「誰も見てへんから大丈夫や。」

 「そういう問題じゃ・・・。」

 「、体育サボる言うたやん。
  俺もリーダー、サボるわ。」

 「ええっ?」

 「そやかて今日は休み時間ごとに大変なんやで?
  とこうしてゆっくりできるん、今しかないやん?」

確かに跡部の机の上がこうなのだから
きっと忍足の机もロッカーもチョコで一杯なのだろうと思う。

 「え、えっと、だから、なんでこうなるの?」

いい加減右手だけで持ってる教科書が重く感じて持っていられないんだけど
リーダーの授業をサボると言われては渡すに渡せやしない。

そんな事を思ってたら耳元でため息をつかれた。

 「あんなぁ、俺がどんだけ覚悟してここにいると思うてるんや?」

 「覚悟って?」

なんでこうもドキドキするのかそれを考えたくなくて
忍足の言葉だけを反芻してみる。

 「が委員会遅くなって誰もいない教室におる思うたら
  今しかない、そう覚悟したんや。
  それなのに跡部の机にチョコを入れてるとこ見てしもうて
  どないしよ、思うて焦って、
  でもお前が跡部より俺の方がええなんて可愛ええ事言うから
  もうなんでもええからの事捕まえたれ思うて・・・。」

 「お、忍足?」

 「どんだけ鈍感なんやねん!」

パサリと教科書が手から滑って落ちた。

忍足の手が私の頬を包み込んで上を向かされる。

当然私の視線も上に向かされて
否応なしに忍足と眼が合うと
さすがにこの状況に、忍足が私の事を好きなんだと言う事実に
そして忍足が次に何をしたいのか、全ての事が私の中にどーっと流れ込んできた。

二人っきりの教室。

そして今日はバレンタインデー。

何もかもが忍足に有利に存在してる気がする。




 「キスしてもええ?」

こんな至近距離で真っ直ぐに見つめられて
今まで聞いた事がないような大人っぽい声で
そんな非日常的な言葉を出されて、
忍足の事が嫌いじゃないけど、このまま流されていいのかなと思ってしまった。

 「ま、待って。」

かすかに声に出した言葉は忍足をびっくりさせたようで
なんでそんな言葉が出たのか自分でも分からないのに
忍足に真剣に見つめられて、答えを促されてて
この状況で寸止めしてしまった事の方が余程恥ずかしい事に気づく自分。

忍足が何も言わないから頭の中は沸騰するし
顔だって恥ずかしくて一気に熱を持っている。

バカだ、私。

待たせてどうしたいんだろう?

 「俺の事、嫌い?」

 「や、そんなことは。」

 「俺はの事、好きや。」

あ、本当にそうなんだ、と思って瞳を閉じたら
油断したところに忍足の柔らかな唇が重なって来て
いいって言ってないのにキスしたんだ、なんて理不尽な事も一瞬浮かんだけど
結局凄く恥ずかしくて、自分が受け入れてしまったんだと、
それが物凄く恥ずかしくて更に顔が赤くなった気がした。








結局その時間二人で過ごしたという事は
体育館から戻ったクラスメートたちに早々にばれてしまって
私はその日はずっと赤い顔のままだった。

ただ解せない事がひとつだけある。


 「お前もよくやるな。」

 「何が?」

 「ま、でも悪いやり口じゃねーな。」

隣の席に着いた跡部がにやりと笑いかける。

 「だから、何の事?」

 「休み時間じゃ俺も忍足も呼び出しで忙しいからな。
  その点、授業時間を狙うとはお前にしては上策だな。
  ライバルがいねぇ時に手渡すなんて、考えたじゃねーか。」

 「えっ?」

 「大胆な奴だな。」



何か言い返そうと思っても言い返せない。

頭の中で往年の「バレンタイン・キッス」のフレーズが木霊する。

なんで、なんで私から迫ってるように思われてるんだ。

チョコレートだってあげてないのに。



♪わざとらしく 瞳を閉じて あげちゃう〜♪




記念すべき2月14日を私は一生恨むような気持ちだった。





The end


Back







★あとがき★
 久々に忍足を書いたような気がする。
もういろんなバレンタインを書こうと思っても
ネタが尽きてきたな。(笑)
でもテニプリにとってバレンタインデーは
やっぱり特別な日だから、大事にしたいです//
2009.2.5.