チョコレート疑惑    不二Vr.







職員室からの帰り、普段あまり通らない階段をゆっくり上って行ったら
頭上の踊り場で誰かの話し声が聞こえた。

こんな人気のない踊り場で何だろう?と不思議に思うよりも先に
聞き覚えのある声に思わず足をかけた階段を上るのを止めた。

誰かの告白劇なら邪魔をしないようにそっと身を隠す事もできたけど
余りにも不意に耳に聞こえた声に引かれるように視線をその先に向けてしまったら
他の誰でもない不二周助の視線と合ってしまった。


 「先輩、私、先輩の事が好きなんです。」

後輩らしい髪の長い女の子の後姿が視界に入ると
はさてどうしたものかと考えた。

今日は1年に一度のバレンタインデー。

青春学園で1,2位を争う人気の不二周助が
どうやら今まさに下級生からチョコレートと一緒に告白されている。

その現場に出くわしては思いっきりため息をついた。


ここで引き返して他の階段を使うのは面倒だったし、
何より不二と目が合ってしまってから背を向けたりしたら
後で何を言われるかわからない。

一見爽やかで好青年に見える彼が
実は何かにつけ因縁をつけては根に持つタイプだとわかったのは
つい最近の事だったりする。

ここは無視をするより、わざとらしくなくエキストラよろしく
あの後輩の後ろを黙って通り過ぎる方が吉とは判断した。


 「・・・だから、あの、できたら受け取ってもらいたいんですけど。」


ゆっくりと静かに階段を上がる間も彼女の告白劇は進行中である。

必死なのだろう。

背後を通るの気配に気づきもせず、
俯いたまま不二に差し出すように両手でチョコを持って
声を震わせてる様は本当に可愛らしい。

けれど彼の視線は彼女にではなく、
しつこいくらいの横顔に注がれている。

全く憎たらしい。

不二が目の前の女の子でなく、背後を通り過ぎる他の女に
眼を奪われてるなんて知ったら、初心者マーク同然のこの後輩は
途端に泣き出してしまうのではないだろうか?
ふとは彼女の代わりに睨みつけてやろうかと思ったが
そんな反応は不二には大して効力がない事も知っていたから
黙ってそっと階段を上り続ける。

彼女が抱いてる不二の偶像を壊すのも気が引けるし。

どうせこの告白劇もすぐに終わってしまうのだろうし。


 「ねえ、そのチョコ、手作り?」

それなのに不二が発した言葉はの予想にない言葉だった。

おまけにいつも以上に甘ったるい口調で
態度と言葉が全然違うじゃないかとはなぜか不快になる。

 「えっ、あ、はい///////。
  あの、お菓子作るの大好きなんで
  不二先輩の口に合うように甘くないのにしたんですけど。」

 「へ〜、そうなんだ。
  僕のために手作りしてくれたんだ。」

くすっと笑い声を漏らしてる不二が
その後満面の笑顔で後輩の女の子に微笑みかける様が手に取るようだ。

そうやって何人の女の子たちのハートを
この後ズタズタに切り裂く事になる言葉をも
あの笑みでオブラートに包み込んで無駄に良い思い出に変えてしまうことやら、
と、先の展開が読めるだけには彼女たちに同情してしまう。

引き伸ばしたところで結果は変わらないだろうに。

そして計算付くで振舞ってる事に彼女たちは気がつかない。

気がつかないから例え何人もの告白を振る事になっても
不二の人気は衰えないのだ。

それでも。

不二がわざと繰り返した言葉は
彼女にではなくに向かって吐いた言葉であると気がついて
あと2段で上り切るという所での足は止まってしまった。

 「手作りチョコなんて凄く嬉しいけど、
  こんなに気持ちを込めた物をもらっちゃ
  さすがに僕の彼女が怒りそうなんだよね。
  君の気持ちはとても嬉しいんだけど、残念だけど、ね?」

何が ね?、だ!

不覚にも最後まで聞いてしまった事に腹が立ってしまって
は慌てて階段を上がると自分の教室へと歩みを速めた。









    




 「どうしたの、?」


自分の教室の自分の机で予習をしていたら
隣の席の奴が帰ってきて猫なで声を出す。

は聞こえなかった振りをして英語の訳をノートに書き込んでいた。

 「怒ってるんだ?」

 「別に。」

 「だって機嫌悪いじゃない?」

不二はクスクスと笑っている。

 「機嫌悪くなるような事、したの?」

わざと不二の方を見ることもなく
は単語を引くべくぺらりと辞書を繰る。

 「まさか!
  の機嫌が悪くなるような事、すると思う?
  ああ、さっきの子?
  ちゃんと断ったよ?」

 「そんな事、聞いてない。」

 「そうかな?
  僕が断るって信じてるくせに。」


自信満々にそう答える不二が憎らしい。

 「断るならあんな風に思わせぶりな事は言わない方がいいと思っただけ。」

 「なんだ、しっかり聞いてるんだ。」

 「聞きたくなくても聞こえるでしょ、普通。
  あのね、私、周助が誰のチョコを受け取っても何とも思わないから。
  欲しかったら全部貰えばいいじゃない。」

何でも人のせいにして、とうんざりだという顔をして見せたら
途端に不二の顔が曇る。

 「何でそういう事言うかな?」

 「だって私、周助の彼女でも何でもないでしょ?」


ついに言ってやった。

だってそれは本当の事だ。

クラスメートで隣の席で、部活も一緒で家も近くて、
他の子よりは口げんかするくらい仲がいいというか
ずけずけと何でも言い合える無遠慮な仲っていうだけで、
別に付き合ってる訳でも何でもない。

そりゃあ、幾度となく実しやかに噂話の的にされたけど、
それだって八方美人な不二が否定しないからだ。


 「だったら、僕に手作りチョコをくれれば言いだけの話。」

 「なっ/////」

 「だって今日はそういう日だよね?」

 「だ、誰が手作りなんて!」

 「だよなぁ。
  って料理とかからっきしダメだよね?
  少しは不器用さがなくなるかなとか思ったけど
  そういう方の成長はないよね?」

まあ、本当の事だから仕方ないけれど
そういう不二だってチョコは好きじゃないのを知ってるから
今まで幼馴染の義理って言う名目でさえバレンタインをやった事などなかった。

 「周助だってチョコなんて本当はもらったって嬉しくないくせに!」

 「うん、そうだね。
  手作りチョコを手渡ししてくれるって言うのに憧れてはみたんだけど
  やっぱり無理だよなあ。」

クスリとそこで笑う不二が本当に忌々しい。

そんなものに憧れてるからいちいち呼び出しに応じるのかと
勘ぐってしまう。

でも絶対誰の告白も受けないくせに。



 「だからさ。」

不二はの机の上にことんと小さな箱を乗せた。

 「何、これ?」

 「僕が作ってみた。」

 「はぁ?」

は不二とその小さな箱を交互に見やる。

開けてみて、と囁く不二の目はとても優しい。

そんな優しい表情をされたらうっかり見慣れてる顔でも
ドキドキしそうだ。

包みを開けるとチョコらしき物体が鎮座している・・・・


 「この、ぐちゃっとしたのは何?」

 「だからさ、が作ってくれないから僕が作ってみた。
  味は保障する。
  なんたって材料は姉さんの作ったチョコと同じだから。」

バレンタインだから?と思い当たるけど
まさか不二からもらえるなんて思いもしないから余計に驚いてしまう。

聞かなくてもわかるけど、これって手作りチョコなんだ、と
思ったら急に可笑しくなった。

ふざけてると思ったけど、不二らしくも思える。

多分、精一杯の譲歩なんだ、と。

 「な、何やってるのよ?」

 「だから、僕の気持ち。」

 「ばっかじゃないの?」

 「僕をバカ呼ばわりするのってだけだよね?」

 「私の彼氏は天才だと思ってたんだけど?」

 「仕方ないよ、好きな子の前ではバカにもなるさ。」

 「それって私の事?」

 「他に誰がいるのさ?」

は真っ赤になりながらもその奇妙な形のチョコを摘むと口の中に放り込んだ。

ちょっぴり苦くて、洋酒の香りがして、でもとてもおいしい。

 「どう?」

 「さすが由美子お姉さんのチョコの材料だね。
  高級そうな感じ。」

 「ふふっ。ホワイトデー、楽しみにしてる。」

 「へっ?」

 「3倍返しだからね?」


それもちゃんと手作りで頑張るんだよ、と念を押され
は手元のチョコを恨めしく眺めるしかなかった。

不二に手作りチョコで告白されたなんて
きっと誰に言っても信じてもらえないんだろうな、と思う。

は幸せなため息をつくともうひとつ
不恰好なチョコを摘み上げた。







The end



Back






☆あとがき☆
 義理チョコも友チョコももらえない男の子は
今年は自分からあげる逆バレンタインだそうな?
不二ならもっと上手く作れそうな気がするけど
不器用な彼女のためにわざと不恰好に作っていたりして?
2009.1.30.